発達のトレーニングについて学ぶ

本コンテンツで紹介するのは、くずはドリームクラブの母体とも言えるくずは心理教育センターで長年にわたって行われてきた発達トレーニングの実際のトレーニング風景をまとめたものです。もっと詳しく知りたい方は、岡田尊司、篠原亜耶、林佳奈共著の『子どもための発達トレーニング』(PHP新書)をご覧になってください。
 ここで紹介されているのは、ほんの一部です。これまで積み重ねてきた数多くの方法や工夫をこらしたトレーニングセッションが展開されます。
 ※掲載されている文章や内容を許可なく引用したり、無断で複製したり、転載したりすることは、著作権の侵害になりますので、ご注意ください。


 


目次

1.注意力を高めるトレーニング

〈注意力に課題のあるケース〉のトレーニング例1

はなタッチ 対象:幼児~小学低学年
トレーナーは子どもと向き合って座り、〈はなはな……〉と言いながら、両方の手で自分の鼻をさわります。子どもも自分の鼻をさわります。次に身体の別のパーツを言い、(例えば〈頭〉)、子どもも、その合図を聞いて、素早くそのパーツをさわります。相手の言葉をよく聞き、言われた身体のパーツをさわります。慣れてくると、発した言葉と異なるパーツをさわり、フェイントをかけます。子どもは、だまされないように、肝心なところに注目しなければならず、選択的注意のトレーニングにもなります。

【実際のトレーニング風景】
 C君は、学校でも授業に集中できず、注意がそれる子どもでした。トレーニング中も、色々な刺激に目がうつり、注意の持続が難しい状況でした。
そこで、課題に取り組む前に、
〈今から面白いゲーム始めるよー。騙されずにクリアできるかな?〉と声をかけると、いつもは、自分の好きなもの以外、すぐに注意がそれてしまうC君ですが、珍しく注意を向けてきました。C君は最後まで興奮気味に取り組み、その後のプログラムでも、いつもより集中を保てました。
その後、C君のトレーニングでは、まずこうした体を使って集中を高める遊びに、ゲーム感覚で取り組んでもらい、次の課題に進むようにしています。

【トレーニングのポイント】
遊びやゲーム的な要素を取り入れて、子どもの注意を高めるのは、トレーニングでよく使うテクニックです。声のトーンを変えたりじらしたりして、子どもがドキドキして注目するように声をかけます。声を小さくすると、聞こうとして注意が高まります。役割を交代してみてもいいでしょう。

〈注意力に課題のあるケース〉のトレーニング例2

記憶力ゲーム 対象:幼児~小学生
視覚刺激を短期的に記憶し、記憶したものを再現するトレーニングです。この課題では、提示されたものに注意を向け、ある一定の時間、記憶を保持しておくことを求められます。ワーキングメモリーも使いますが、注意力のトレーニングになります。

【進め方のポイント】
①赤・青・オレンジ・ピンク・緑・黄色のおはじきを用意します。
②その中から3つのおはじきを選択し、子どもの目の前で一列に並べます。
③並べ終えた後、10秒間でその配置を記憶してもらいます。
④10秒後、つい立てを立てておはじきを隠します。
⑤子どもにおはじきを手渡し、記憶した通りにおはじきを並べてもらいます。
⑥子どもがおはじきを並べ終えたのを確認後、つい立てをはずします。
⑦トレーナーが並べた配置とその子が並べた配置を見比べ、あっているかどうか、一緒に確認します。
 
課題に用いる道具は、おはじきでなくても問題ありません。身近にある物や、その子の好きな物を自由に選択されると良いかと思います。課題を行うごとに、「今日は何を使おうかなぁ~?」「今日は何が出て来るかなぁ~?」と、用いる道具を変えてみるのも面白いかもしれません。

【実際のトレーニング風景】
Aくんは小学校二年生。幼少期の頃から落ち着きがなく、外出先でも常に動き回っているような状態でした。就学後も多動が顕著で、学習にも集中して取り組むことがなかなかできませんでした。
Aくんとは、約一年間、月に二~三回の頻度で、トレーニングを続けています。トレーニングを始めた頃は、一つのことに注意を向けることが難しく、課題から次の課題への切り替えにもかなりの時間を要していましたが、最近は少しずつ見通しを持って行動することができるようになっています。次は、Aくんとのトレーニングの一例です。なお、このテキストでは、(丸かっこ)は本人の発言を、〈角かっこ〉はカウンセラー(トレーナー)の発言を示しています。
 
〈Aくん、これから記憶力ゲームを始めるよ!〉
「どうやってやるん?(興味津々な様子)」
(上記の手順を説明する)
「わかった!面白そうやなぁ~!」
〈うん、面白そうだね~!〉
〈このゲームをやるとね、集中力とか、注意力がアップして、記憶力も身につけられるよ!〉
「へぇ~、すごいなぁ!頑張るわ!」
〈うん、じゃあ始めるよ!頑張ってね!〉

まずは赤・青・黄色の3つのおはじきを使うところから始めました。Aくんは、数秒ほどで配置を記憶し、「僕、もう覚えたで!」と得意気です。カウンセラーが、〈10秒間はそのまま頑張って、おはじきに集中しててね〉と声をかけても、Aくんは「大丈夫、大丈夫~!もう覚えたから、見んでもいいねん!」と言い、視線を他のところに向けてしまいます。
ところが、実際にAくんにおはじきを並べてもらう段になると、覚えたはずの配置を忘れてしまっていて、「あれ~?何やっけ?赤って左やっけ?右やっけ?」と戸惑っています。
Aくんは、「ちゃんと見ておかないと、わからなくなる」ということを実感したようで、次の問題からは、10秒待つ間、「赤・青・黄色」「赤・青・黄色」と並び順を唱え続けるという方法を自分で編み出したのでした。その結果、Aくんは問題に見事正解。「やったー!合ってたー!」と大喜びです。
〈Aくん、“唱えて覚える”っていう工夫ができたね!〉と言うと、Aくんは「うん。言っといたら忘れへんかった!」と、うれしそうに言い、「じゃあ今度は四つでやってみよう!」と、おはじきの個数を増やすことを、自ら提案しました。さらにAくんは、自分が出題者、カウンセラーが回答者になることを提案したり、真っ直ぐ並べるのではなく、四角とか、三角の形に並べるなど、問題の出し方のヴァリエーションを提案してくれます。実際に形を作る課題に挑戦してみると、形と色の組み合わせの両方を覚えないといけないため、かなり苦戦でしたが、それでも、「面白かった!またやりたい!」と笑顔を見せました。

Aくんは、何事に対しても苦手意識を持ちやすく、失敗を恐れる傾向もみられました。しかし、トレーニングで、「できた!」「わかった!」という成功経験を積む中で、自信をつけ、積極性も高まってきています。

【トレーニングのポイント】
易しめの設定から始めて、少しずつおはじきの個数を増やすなどレベルを上げていきます。
また、Aくんが提案してくれたように、出題者と回答者を交代しながら進めるなど、やりとりや工夫を楽しむとよいでしょう。

2.ワーキングメモリーを高めるトレーニング

〈ワーキングメモリーに課題があるケース〉のトレーニング例1

ディクテーション課題 お話を書き取ろう 対象:小学生以上
文章を読み上げて、書きとってもらう課題です。聴覚的ワーキングメモリーの訓練だけでなく、書字の練習にもなります。はじめは、一文節ずつ区切って書きとるところから始め、二文節、三文節、一文と、区切りを長くしていきましょう。興味が持てる内容の文(笑い話や不思議な話など)にすると、いっそう飽きずにできるでしょう。
その子にとって、興味のある内容の文章やオチのある面白い文章を選ぶと、楽しんで取り組めます。
課題は、容易なものから、段々レベルをあげたものを、2~3題、十分程度でできる内容にしましょう。毎回少しずつ取り組むと、効果的です。負担が大きすぎると、拒絶反応を強めてしまいますので、やりすぎないことが大切です。
文を書くのが苦手な子も、段々と長い文を書きとれるようになると、文のリズムや感覚が身についてきたり、文を書くことに抵抗がなくなり、自信にもつながります。

【実際のトレーニング風景】
小学二年生のUちゃんは、言葉の遅れがあり、二年前トレーニングを開始した時には、会話もあまり成り立たない状態でしたが、会話力はだいぶアップして、最近の課題は、込み入った内容になるとまだ聞き取りが弱いことと、書くことに苦手意識があることです。そんなUちゃんとのディクテーションを取り入れたトレーニングの一例です。

◎導入 
〈Uちゃん、今日も、お話を聞きながら、それを書き取っていく練習をしてみようと思うんだけど〉
「ああ、あれかぁ~。きょうはこの前よりも短いお話にしてね(笑う)
〈OK!OK!(笑い)今日も楽しいお話、用意したから。どんなお話か、楽しみながらやってみてね〉
「はーい!」
〈後ねぇ、きょうはお話を全部聞き終わったあと、もう一つ面白いことをやってみようと思ってるんだよね〉
「え、何?」
〈何でしょう~?それは後からのお楽しみ〉
「え~! 気になるなぁ。早くお話読んで」

◎課題と実施時の様子
(課題の文章)太郎くんは宝物を見つけました。宝のありかを、これから教えてくれるそうです。まず太郎くんは、キャンプ場から山に向かって歩きました。大きな森があって、そこを抜けると、小さな湖でした。湖を泳いで渡ると、また道がありました。そこを進むと、ほら穴がありました。中に入ろうとすると、ライオンが入口で昼寝をしていました。太郎くんは、ライオンを起こさないように、そっと尻尾をまたぎこしました。ほら穴の奥で、太郎くんは、宝の箱を見つけたのです。
慣れてきたこともあり、Uちゃんは、三文節程度であれば、正しく聞き取り、書き進めることができます。「えー、ライオンが寝てるの? 太郎くんて度胸あるね」など、話の内容にも興味を向けながら取り組みます。書き終えると、
「お楽しみって何?」と、聞いてきます。
〈太郎くんのお話から、宝のありかがわかる地図を作ろうと思うんだけど、どうかな?〉
「地図を作るってこと~?」
〈そうそう〉
「やったー!私、地図描いたりするの好きだもん」
〈じゃあ、先生がスタート地点のキャンプ場を描くから、その続きをUちゃん描いてくれる?〉
「うん、わかった!」
 それからUちゃんは、夢中になって森や湖やライオンの尻尾を書き込んでくれたのでした。出来上がった地図を見ながら、
「この地図を見たら、誰でも宝物見つけられるね」とうれしそうに話していました。

【うまくいく秘訣と工夫】
ワクワク感を大事にして、お話の展開を楽しみながら取り組めると、苦手な子でも、モチベーションが高まります。書き取った内容を、図や絵にするといった工夫を加えると、第五章で取り上げる視覚・空間的能力の訓練にもなります。


〈ワーキングメモリーに課題があるケース〉のトレーニング例2

聞き取り練習 対象:全年齢
短いお話を聞いたあと、そのお話の内容について質問に答える課題です。相手の話に注意を向ける力や、その内容を記憶する力、また、その内容を頭の中で要約する力を身につける訓練になります。さらに、読み上げるお話の内容を工夫することで、日常生活のルールや友達とのコミュニケーションの図り方を身につけることにも役立てられます。
例えば、「友達と遊びの約束をする場面」を取り上げた場合、①どこに集合するのか、②何時に集合するのか、③持ち物は何かといった大事な点を聞き取れるためには、「友達と約束をする時には、集合場所や集合時間、持ち物を確認する必要がある」という日常生活の常識やルールについて知っておく必要があります。場面を設定して、聞き取りの練習をする中で、そうした常識や暗黙のルールについても学ぶことができます。

(例)さくらちゃんと、ゆりちゃんは、放課後、一緒に遊ぶ約束をしています。さくらちゃんが、「この前は私のおうちで遊んだから、今日は中央公園で遊びたいなぁ」と言うと、ゆりちゃんは、「うん、いいよ!そうしよう!じゃあ、中央公園の噴水前に3時に集合にしよう!」と提案しました。さくらちゃんが、「今日はお砂場遊びがしたいから、スコップとバケツを持って来てね」と言うと、ゆりちゃんは、「うん、わかった!お砂場遊び、楽しみだね」と、笑顔で応えました。

【実際のトレーニング風景】
Cちゃんは小学校二年生。一つのことに注意を維持することが難しく、授業中も、気が付くと、ボーッと外を眺めていたり、自分の世界に入ってしまうようなことがよくあります。以下は、Cちゃんと聞き取り練習を始めて二回目のセッションの様子です。
いきなり全文を聞き取って、質問に答えるのが難しい場合には、あらかじめ質問内容が書かれたワークシートを用意して、渡しておきます。Cちゃんの場合も、最初はその方法をとりました。ワークシートがあることで、お話を聞いた後にどんな質問をされるのかが前もってわかるので、子どもは気持ちに余裕をもって、課題に臨むことができます。
ただ、その分、Cちゃんには、「質問に関係がないところは聞かなくても大丈夫」といった気持ちが生じたようで、ほかの箇所をトレーナーの心理士が読み上げている際には、注意がそれやすくなってしまいました。
トレーナーが、〈Cちゃん、油断してると、その間に大事なところが読まれてしまうかもしれないよ〉と声をかけても、「大丈夫、大丈夫~!」と余裕を見せています。しかし、実際に聞き取らないといけない内容を逃してしまうと、Cちゃんは、「あ……」とばつが悪そうな表情を見せます。そのミスを機に、それからは最後までよく集中して、読み上げられる文章に耳を傾けることができました。
課題に慣れてきたところで、次はワークシートを使わず、いきなりお話を読み上げることにしました。
〈じゃあ、今度はワークシートなしでやってみるよ〉と言うと、Cちゃんは「あぁ、これ苦手なやつ……。お話、全部聞いとかないとだめだから疲れる……」と、表情を曇らせます。
〈さっきの問題も最後まで集中して聞けてたよ。さっきの感じでやれば大丈夫だからね〉と声をかけると、「はーい」と答えます。
実際に課題に取り組んでみると、前回のセッションの際には、ワークシートがないと聞き漏れも生じやすく、誤答も目立ちましたが、今回はほぼ全ての質問に正しく答えることができました。
〈Cちゃん、最後まで頑張って集中できたね!よく聞けてたよ!〉と言うと、「あぁ、疲れた……。長かった……」と、ため息をついていましたが、同時に、「今日は前よりも聞けてたでしょ?」と笑顔も見せたのでした。

【トレーニングのポイント】
初めは短いお話から始めます。課題に慣れてきて、自信がついてきたところで、徐々に長いお話に挑戦していきます。また、初めはワークシートを用いるなどして、あらかじめ、どのようなお話が読み上げられるのか、どのような質問がなされるかを提示しておくと良いでしょう。
この課題は、日常生活のルールを身につけたり、友達とのコミュニケーションの図り方を学ぶことにも活用できます。聞き取り練習を終えたあと、「今日は、お友達との約束についてのお話を聞いたね。お友達と約束する時には、集合場所・集合時間・持ち物を確認しないといけないんだね」と、その内容について、振り返りや確認をすると、定着をはかれます。


3.言葉や会話力を育むトレーニング

〈言葉の発達に課題があるケース〉のトレーニング例1

人形遊びを通した言語トレーニング 対象:幼児~小学生
Nちゃんは小学校三年生。トレーナーの発達心理士と関係性を築くまでは、緊張感も強く、「お人形を使って一緒に遊ぼう」と声をかけても、一人で人形を動かして遊ぶ“一人遊び”になりやすい子どもでした。また、自分の思いやイメージしたことを言葉で表現することも苦手でした。それでも、Nちゃんの世界観を大切にして心理士が寄り添い、Nちゃんが伝えようとしている気持ちを代わりに言語化していく中で、少しずつNちゃん自身の発語も見られるようになってきました。
Nちゃんとお人形を使って、ごっこ遊びを展開した時の様子を、いつくか紹介します。

場面①【赤ちゃんが部屋から逃げ出してしまいました】
〈わぁ、大変!赤ちゃんがお部屋から逃げちゃったよ~〉
「わぁー大変だー!」
〈ほらほら~、赤ちゃん、走ってあっちのお部屋に行っちゃうよ~〉
「わぁー!待て、待て~!」
〈あぁ、赤ちゃん、滑り台を滑って、下に降りちゃった~!〉
「あー!降りちゃったー!」
〈この赤ちゃん、すばしっこいよ~。早く捕まえないと~!〉
「待て、待て~!」

場面②【家族全員でかくれんぼ】
〈みんなでかくれんぼをして遊ぼう!じゃあ、まずはうさぎのお姉ちゃんが鬼さんね。みんな、逃げて~〉
「きゃー、逃げろ、逃げろ~!」
〈10秒数えるよー!1、2、3……(Nちゃんも楽しそうに一緒に数える)〉
〈もういいかい?〉
「もーいいよ!」
〈よし、探すぞ~。みんなどこかなぁ~?〉
(面白そうにクスクス笑う)
〈あれ~、みんなどこに行っちゃったのかなぁ~?〉
〈みんな、隠れるの上手だなぁ~〉
(クスクス笑う)
〈ここかなぁ~?〉
「大変。ここに居たら見つかっちゃうよ……。あっちに隠れよう!」
〈み―つけた!〉
「あー、見つかっちゃったぁ~(笑う)」

場面③【寝ている赤ちゃんを起こさないように遊ぼう!】
〈そろそろ赤ちゃんはお昼寝の時間です〉
(Nちゃんが、赤ちゃんの人形を手に取り、ベッドに寝かせる)
〈みんな~。赤ちゃん、お昼寝してるから、起こさないように、そーっとお話してね〉
(小さな声で)「はーい!」

この後、Nちゃんは、しばらく声のボリュームに気を遣いながら、小さな声でごっこ遊びを展開する。

【トレーニングのポイント】
トレーナーの心理士がその場面に入り込み、感情や興奮を共有することがとても重要です。学習にしろコミュニケーションにしろ、情動というものがとても重要な役割を果たしています。強い感興を味わうとき、子どもの中に言葉が刻み込まれやすくなるだけでなく、子どもの側からも、表現したいという欲求に衝き動かされて、言葉が出てきやすくなるのです。
トレーナーは、Nちゃんがわくわくするような場面を作り出し、演じることで、Nちゃんは夢中になって、言葉で応じようとしています。細かいテクニック以上に、子どもと世界を共有するということが、とても大事です。
使う人形や場面を変えるよりも、ある程度同じものを使って、連続ドラマのように、トレーニングの度に、続きのストーリーが展開してもいいでしょうし、きょうはこんな設定でというように少し変化を与えてもいいでしょう。そこも子どもさんの好みや特性に応じて、柔軟にやればいいと思います。


〈言葉の発達に課題があるケース〉のトレーニング例2
絵カードや写真をみながら話す 対象:全年齢
言語表現が苦手だったり、会話が続きにくい子どもを対象に、絵カードや写真を見ながら、会話を交わすことで、表現力や会話力を高めるトレーニングです。
話すのが苦手な子どもさんにとっては、話の材料になるものがあった方が、話しやすくなります。また、場面や状況を読み取ったり、想像したりする訓練にもなるので、言葉だけでなく社会性のトレーニングにもなります。

【進め方のポイント】
SST用の絵カードを用いてもいいですし、絵や写真、映画のカットなどを使うこともできます。切り抜きやコピーしたものを、トレーニング用にクリアファイルなどに入れて、一冊の本としてまとめておくことをお勧めします。ただし、使うときは、一枚だけを取り出して、他のものに目移りしないようにします。次々といろんな絵や写真を見せるのではなく、一枚の絵や写真をじっくり見ながら話すことが大切です。
子どもから自発的な反応が出るのを、まず待ってください。自発的なコメントが、なかなか出ないときには、「これは、何をしているところかな?」とか「何が起きているのかな?」といった漠然とした質問を投げかけ、少しずつ言葉を引き出しながら、それに絡めて、話を広げていきます。
全体を見ても反応が出にくい時は、部分ごとに注目して、質問をするといいでしょう。どこから話していいかわからない場合には、5W1Hにそって話してもらうと、話しやすいでしょう。

【実際のトレーニング風景】
ケース1
Nくんは、小学一年。吃音や構音障がいがあり、サ行が詰まります。そうした症状は、この半年ほどのトレーニングで目立たなくなりましたが、まだ説明が苦手で、話が伝わりづらいところがあります。
〈Nくん、この絵、見てね〉
「うん」
〈今日はね、この絵が今、どんな状況かを説明する練習をしてみるよ〉
「え、わからない……。怒ってるの……? ケンカ中……? あぁ、わからない……(困った様子)」
〈そうよね。絵、見ても、いきなりだと、何から話せばいいかわからなくて、ちょっと困っちゃうよね〉
「うん」
〈こういう時にね、“これを伝えれば、相手にばっちり伝わるよ”っていう大事なポイントが全部で6つあるんだよね〉
「ふーん」
〈じゃあ、今からその6つのポイントを確認してみるね〉

➡【いつ・誰が・どこで・何を・どのように・どうして(思ったこと)】の6つのキーワードについて、具体例を挙げながら説明します。

〈じゃあ、もう一回、この絵、見てみるね。まず1つ目のポイント。これ、いつの話だろう?〉
「えー、いつ……?」
〈これ、授業中かなぁ? 給食時間かなぁ?〉
「違う、違う! N、わかった! 休み時間だ!」
〈そうそう。休み時間だね。Nくん、何で休み時間って思った?〉
「だって、ボール持ってるもん!」
〈そうだね。ボールで遊ぼうとしてるところみたいだね〉
「うん」
〈じゃあ次、2つ目のポイントね。これ、誰のお話?〉
「サトシくんとマサキくん!」
〈そうそう。サトシくんとマサキくんが描いてあるもんね〉
〈じゃあ3つ目。これはどこで起こってること?〉
「学校の運動場!」
〈そうそう。ばっちり!運動場だね〉
「うん!(だんだん調子が上がり、表情にゆとりが見られるようになっていく)」
〈じゃあ4つ目。これ、今、何をしてるところかなぁ?〉
「ケンカしてる!」
〈そうだね。ケンカしてるね〉
〈じゃあ5つ目ね。これ、今、どうしてケンカしてるかなぁ?〉
「(少し考えたのち)ボールが当たって、ケンカしてるだね!」
〈そうそう、そうだね。じゃあボールは誰に当たったの?〉
「サトシくん!」
〈そうそう!Nくん、何でサトシくんにボールが当たったってわかった?〉
「だって、サトシくんの頭にタンコブできてるもん!」
〈おぉ、そうだね! よく見つけられたね〉
〈じゃあ最後。6つ目のキーワードね。この状況に対して、今、サトシくんとマサキくんはどんなことを思ってるのかなぁ?〉
「サトシくんはボールを当てられたから、“痛いじゃん!”って思ってる。マサキくんは“ぼーっとしてる方が悪いんだよ!”って思ってる」
〈おぉ、すごいすごい! そうだよね。サトシくんはボールを当てられたことに対して怒ってるし、マサキくんは、サトシくんがぼーっとしてることに対して怒ってるよね〉
「うん」
〈今ね、6つのことを順番にお話してくれたけど、こうやって一つずつ丁寧にお話できたら、この絵の状況をわかりやすく相手に伝えることができるね〉
「うん」


ケース2
Y君は、中学二年生ですが、小さい頃から言葉の遅れがあり、二年前にトレーニングを希望して来られた時点でも自発的な発語がほとんどなく、「あー」とか「おー」といった返事をするのが、やっとの状態でした。会話もまったく成立せず、座っていても、すぐだらしない格好になってしまいます。
最初はトレーニングへの関心も薄く、遅々とした歩みでしたが、トレーナーに愛着と安心感をもつようになってから次第に改善がみられ、トレーニングに取り組めるようになっています。
 そんなY君とのカードを用いたトレーニングの一コマです。

〈この絵はどんな場面かな?〉という質問が難しかったようなので、〈この子たちは、今何をしているのかな〉とトレーナーが言い換えて訊ねます。
 しかし、Y君は、どの絵を見ても、「わからん」と言うばかり。全体的な状況を把握して答えるが難しいと気づいたトレーナーは、全体ではなく、一部分にだけ注意を向け、〈この子は何をしているのかな〉とか〈何で困っているのかな〉というように、限定したことについて質問すると、「○○している」とか「嫌なことをされた」とか、答えることができます。
 そうしたやり取りをしたうえで、トレーナーがどんな場面かを説明すると、Y君が「へぇー」と興味を示しました。
そこで、トレーナーは、〈この子は、いまどんな気持ちだと思う?〉と訊ねると、「わからん」という返事です。〈じゃあ、Y君が、こういうことされたら、どんな気持ちかな〉と聞くと、「嫌だと思う」と答えることができました。
プレゼントを断っている場面の絵に関連して、〈プレゼントをもらったこと、ある?〉と訊ねると、「ある」と答え、バレンタインにプレゼントをもらったという意外なエピソードを話してくれたのです。
〈なんて言って受け取るの?〉と訊ねると、「『別にいらないのに』と言った」という答えです。
「相手の子、がっかりしたかもよ」とコメントすると、〈だって、別にほしくないもの〉と譲りませんが、まんざらでもない様子です。
 相手の視点で考えるのが苦手という課題はあるものの会話が少しずつ成り立つようになってきています。


〈言葉の発達に課題があるケース〉のトレーニング例3
 
作文練習 対象:小学生~中学生
前述の課題と同じように自分が経験したことや事実を、相手にわかるように、説明するトレーニングですが、今度は文章を書いてもらいます。何について作文を書くのか、まず話題(テーマ)を考えることから始めます。内容を膨らませたり、文章の構成を考えたりすることで、国語力だけでなく、プランニングや統合的な能力を鍛えることができます。

【進め方のポイント】
文章を書くことに苦手さをお持ちの子どもの場合、まずその苦手さの背景に何が隠れているのかを掴むことが大切です。
例えば話題の選択に困り、なかなか文章を書き出せないお子もいますし、書く話題は決まっているのですが、何から書き始めれば良いのかわからず、困ってしまう子もいます。文法や語法(言葉の使い方)につまずきを抱えている子どももいます。こうした苦手さを把握したうえで、まずは短い文章を書くことから始めてみると良いでしょう。

【実際のトレーニング風景】
Fちゃんは中学校三年生。小学校時代より学習面全般につまずきが見られ、Fちゃん自身も、「勉強嫌い」「やってもわからない」と、苦手意識を強くもっています。言語面に関しては、自分の考えたことや感じたことを表現することに困難さが見られます。
Fちゃんとは、約一年八か月、月に三~四回の頻度で、約七十回、セッションを続けてきました。セッションを始めた頃は、課題を見るなり、「わからへん!」「無理!」と、抵抗や諦めを示すことも多かったのですが、少しずつ力を伸ばしていく中で自信を身につけ、課題にも根気強く向き合えるようになってきています。

トレーナーが〈今日も作文の練習しようかぁ〉と言うと、Fちゃんは「あー、作文かぁ。苦手なやつやぁ……。今日は何について書くん?」と、苦笑いを見せます。
そこで、〈Fちゃん、作文書く時、どんなところが“難しいなぁ……”って感じるかなぁ?〉と訊ねてみると、Fちゃんは「何書けばいいかわからへんっていうのもあるけど、もし書くことが決まったとしても、続かへんねん。一文書いたら、“はい、おしまい!”みたいな……。どうやって文章続けていくのか、よくわからん」という答えでした。

➡Fちゃんが感じている苦手さや困り感を共有したうえで、まず初めに、接続詞の使い方について確認し、問題に取り組むことにします。

例 「今日は雨が降っている。(   )、遠足は延期にならなかった。」
   「今日は学校は休みです。(    )、日曜日だからです。」
   「私は昨日から何も食べていない。(    )、お腹が減っている。」

このように、二文を読んで、(   )に当てはまる適切な接続詞をFちゃんに考えてもらいます。
問題を提示すると、Fちゃんは、「あぁ、全然わからん……。文と文をくっつけるの、難しい……」と言います。そこで一つずつ、接続詞の用法(逆接、理由など)を伝えたうえで、一問一問、二つの文章の前後関係を一緒に確認していきました。
丁寧に取り組んでいくと、Fちゃんの理解も深まり、「これって、文法問題って思うから難しいんやんな。普通にこういう言葉使って、話してるよな!」と、大事なことに気付くことができました。これに対してトレーナーが、〈そうそう。Fちゃん、日常生活の中で、接続詞っていっぱい使ってるよ。さっきも、〝夜、早く寝ないとって思う。けど、寝られへん〟って、言ってくれてたよね〉と、セッション冒頭でFちゃんが話していた内容を取り上げると、「あ、ほんまや!」と、さらに気付きが深まります。
いくつか練習問題に取り組み、理解が深まったところで、〈じゃあ、〝でも〟〝なぜなら〟〝だから〟を使って、作文を書いてみようか〉と投げかけると、Fちゃんは「わかった!」と応え、特に悩むことなく、以下の文章をスラスラと書き上げることができました。

「昨日、食べ放題に行きました。でも、足りませんでした。なぜなら、あまりおいしくなかったからです。だから、コンビニで焼きそばとエビピラフを買いました。」

Fちゃんが書いた文章を読みながら、〈上手にまとめられたやん!良い感じ!〉と言うと、Fちゃん自身も「何か難しく考えるからよくわからへんかったんかも。けっこう思ってたより、スラスラ書けたわ!」と、嬉しそうな表情を見せます。

その後、練習を繰り返す中で、学んだ内容が定着してきているようです。以前は一つのテーマに一文を書くことにも、かなり苦戦していましたが、最近では接続詞を用いながら、文章をつなげ、内容を深めていくことができるようになっています。

【うまくいく秘訣と工夫】
 初めから完璧な文章を書こうとするのではなく、まずはその子自身が書きたいと思ったことを、自由に、のびのびと書くことから始めると良いでしょう。その時、その子が書いた文章に対して、「わかりやすい文章が書けたね」「この表現、素敵だね」と、肯定的な評価や感想を述べてあげるようにします。その子が文章を書くことに慣れてきたら、例えば、「じゃあ今度は○分で書いてみようか」「この部分、もう少し詳しく書いてみようか」と、少しずつレベルアップを図っていきます。




4.場面緘黙のお子さんのトレーニング

〈場面緘黙のケース〉のトレーニング例

おうちでは普通にしゃべっているのに、学校や人前では一言もしゃべらない状態は、「場面緘黙」とか「選択性緘黙」と呼ばれ、結構頻度の高い問題です。
しゃべらなくても、友達と遊べることも多いのですが、学年が上がるにつれて、周囲からおいていかれがちになり、内向的な性格が強まったり、自分に自信のないことになりやすいと言えます。
ベースに自閉的な発達の問題がある場合もありますが、そうした問題はなく、不安や緊張が強いということが影響しているケースも多いと言えます。
場面緘黙は、放置しているだけでは、なかなか改善しません。
とはいえ、場面緘黙の子では、いきなり話すことを改善目標に掲げすぎると、それが強いプレッシャーになり、トレーニングが苦痛になってしまいます。まずは、一緒に楽しんで遊ぶといっことを大事にした方がよいでしょう。関係ができてきた段階で、本人の気持ちも聞いて、言葉を発する練習をしてみたいということになれば、言葉を発するトレーニングにも取り組んでいきます。
いったん言葉が出るようになると、社会性のトレーニングなど、幅広いトレーニングをしたり、カウンセリング的に本人から困っていることや学校、家庭の状況などを話してもらうことで、気持ちを整理したり、自己表現力を高めていきます。

【実際の事例より】
ケース1
Eちゃんは、小学三年生の女の子。最初は表情も固く、涙目であり、体が硬直するくらい緊張していました。そこで、初めから無理に声を出す練習はせず、パラレルトークを用いたり、身振り手振りといった非言語的コミュニケーションを活用して、やり取りを行いました。その一方で、時間になっても退室しようとせず、次の遊び道具を持ってきたり、したい遊びを先にしようとするなど、本人なりの主張も見られました。
遊びの中で、紙を手の甲において、お互いの紙を吹き飛ばすゲームを通して、息を吐く練習や、作成した糸電話で遊んだり、ホイッスル・ラッパを吹くなど、無理のない範囲で音を出すことも試みました。
〈全部ラッパ鳴らせたね。頑張ったね〉と声をかけると、自分でも満足げな様子でした。
自ら質問に答えていく〈SSTすごろく〉に興味を示し、自分から遊びたいと選びました。トレーナーは、Eちゃんが好きなウサギのパペットを使ってEちゃんに声かけ、Eちゃんが質問に答える時には、パペットを使ってスキンシップをとりながら応援しました。無理はせず、パラレルトークで代わりに答えたり、ときには本人の答えを待ったりしました。口元が動き、頑張ろうとする様子も見られますが、話そうとすると涙を浮かべるので、〈頑張ったね〉と頭を撫で、安心感を優先しました。
人形を使ったごっこ遊びを好み、人形をトレーナーに渡して、自分はままごとセットの前に立って料理を振る舞ってくれます。その中で、トレーナーは何役かをこなし、Eちゃんを笑わすようにやりとりをしていると、口を膨らまし、笑いをこらえる様子がみられました。
他にも、手をつなぐ運動や体を使った遊びを行うとき、笑いを我慢する表情もみられるようになりました。徐々に表情が柔らかくなるのを感じました。
〈SSTすごろく〉を行った際、【おはようと挨拶しよう】の所に止まると、トレーナーが見本を見せ、〈ちょっと出してみる? おーって〉と言うと、うなずき、口を開けて、「おー」と息を吐き出した。初めて、声を出した瞬間でした。
〈頑張ったね! もう少しやってみる?〉
Eちゃんもやれそうだと、うなずきます。いつもは涙ぐみ首を振りますが、そのときは、練習を続けようとしました。そしてア行から順番に声を出した。「あー」「いー」などと言うことができると、自分でうれしそうに表情をほころばせ、少しずつ声を出していきました。
よく頑張ったねと頭を撫で、手を一緒に握りながら声を出しました。それから何度も自分から〈すごろく〉をしようとし、「ありがとう」と答えるとこで、トレーナーが目をそらした瞬間、「ありがとう」と小さな声がしました。
〈言えたね〉と言うと、「あ」「り」「が」と一語ずつ息を吐くように声を出します。
〈もっと大きな声、出るかな? 隣の部屋の声がでかいから負けてるよ〉と言うと、Eちゃんは笑いをこらえ、大きく「あー」と声を出しました。
〈頑張った。できたできた。もっといけるんじゃない?〉と言うと、Eちゃんも笑いをこらえ、何度か繰り返しました。
〈すごい。離れても、よく聞こえるよ。頑張ったね〉
それから、Eちゃんはトレーナーに続いて、どんどん声を出しました。
〈おはよう〉「おはよう」
〈好きな食べ物は〉「ハンバーグ」
〈好きな色は〉「あか」
〈好きなアニメは〉「ドラえもん」など質問にも答えます。
〈すごーい!!〉頭を撫でて、ハイタッチすると、Eちゃんも嬉しそうな安心したような表情を浮かべていました。

それがきっかけとなり、その後、お友達の一人とは、家庭以外でもお話ができるようになっています。トレーニングの時は、いろんなお話をしてくれるので、カウンセリング的な働きかけも行えるようになっています。
まだ大勢の前や知らない人がいると、緊張して声が出なくなってしまいますが、焦らず本人のペースで進んでいくことが大事だと思っています。


ケース2
Bちゃんは小学校六年生。乳幼児期は特に発達面で気になる点は見られず、どちらかと言うと、「育てやすい子」でした。幼少期から父親の仕事の関係で引っ越しを経験することが多く、それに伴い、転校も経験しました。転校先のクラスになかなか馴染むことができず、それ以来、家族以外の人とは一切話すことができなくなってしまいました。
Bちゃんとは、約半年、月に一~二回の頻度で、約十回、セッションを続けてきました。セッションを始めた頃は、言葉が出ないだけでなく、表情もかなり硬く、常に緊張状態が続いていましたが、後でご紹介するように、五回目のセッションで、初めて言葉を発することができました。その後もセッションを継続していく中で、現在は、トレーナーの質問に、しっかりと答えられようになり、表情にも柔らかさが見られています。
【経過とセッション例】
1回目 自己紹介
トレーナーが、〈じゃあ、まず初めに自己紹介しようね。この紙に自己紹介カードを作ろうか〉と語りかけ、用紙、色鉛筆、ペンを用意すると、Bちゃんはうなずき、緊張した面持ちで、カード作りに取りかかります。名前・年齢・誕生日・好きなこと・苦手なことを書きました。
Bちゃんとトレーナーが、それぞれ書き終えたタイミングで、〈じゃあ、私から自己紹介するね〉と言い、まずはトレーナーがカードを見せながら自己紹介を始めました。Bちゃんは時折うなずきながら、トレーナーの話を聞いていました。その後、〈じゃあ、Bちゃんのこと、教えてくれる?〉と投げかけると、Bちゃんはうなずき、カードをトレーナーに見せてくれました。
トレーナーが、Bちゃんが作成したカードを読みながら、〈そうかぁ。Bちゃんは絵を描くことが好きなんやね〉〈走ることが苦手かぁ。私も一緒やわぁ〉と言うと、Bちゃんもうなずいたり、少しだけ表情を緩めます。
最後に、〈これからよろしくね。いろんなことして、遊ぼうね〉と声をかけると、顔つきにほんのり柔らかさが見られ、口元が緩む様子も見られました。
しかし、セッションの間、Bちゃんから言葉が発せられることは一度もありませんでした。口元が緩むことはあるものの、全体を通して表情は硬く、終始、俯き加減でした。発話以外の非言語的コミュニケーションにより自己主張、自己表現することにも難しさが感じられました。

2回目~4回目 遊びの共有
二回目から四回目までのセッションでは、お絵かきやジェンガ、折り紙などの遊びを共有すること、またその中で、楽しさや面白さを共有することを大切に、セッションを進めました。また、毎回、セッションの導入部分で、「この2週間の振り返り」と題して、前回のセッション以降にあった出来事について、文章に書いて共有し合うことを欠かさず取り入れました。

○2週間の振り返り
〈元気にしてた?〉(うなずく)
〈お休みの日はどっか行ったりした~?〉(首を横に振る)
〈そうかぁ。でも、ここ最近、ずっとお天気も悪かったしね……〉(うなずく)
〈じゃあ、今日もこの2週間の振り返りから始めようか〉(うなずく)
〈この2週間を思い出して、楽しかったことをこの紙に書いてくれる~?〉(うなずく)
(書き終えた後)〈そうかぁ!Bちゃん、クッション作ったんだ!〉(口元を緩め、うなずく)
〈すごいねぇ~!ミシンで?〉(うなずく)
〈難しくなかった?〉(固まる)
〈私、ミシン使うのも苦手やわ……。たぶん私が作ったら、縫い目、ガタガタになっちゃうと思う……(笑う)〉(口元が緩む)

○折り紙
〈今日は何、作ろうかなぁ?〉
(折り紙辞典を手渡しながら)〈Cちゃん、この中から好きなもの、一つ選んでくれる?〉(戸惑うような表情を見せる)
〈いっぱいあり過ぎると困っちゃうかなぁ?〉(固まる)
〈そしたら、“秋に関する作品”っていうところから選ぶことにしよっか!〉(うなずいて、しばらく考えたあと、“クマ”のページを開ける)
〈なるほどね!クマの顔かぁ~。可愛いね!〉(うなずく)
〈じゃあ今日はこれ、作ろう!〉
 それから、教える-教えられるというやりとりを中心に、折り紙を進めました。トレーナーが〈え、ここどうやるん?〉〈あ、失敗した……〉など、困り感を見せると、Bちゃんは苦笑いを見せたり、呆れたような表情を見せたりと、言葉は発しないものの、表情にだいぶ変化が見られるようになってきました。

二回目から四回目までのセッションでも、Bちゃんから言葉が発せられることはなく、表情の変化もあまり見られませんでしたが、少しだけ場に馴れてきたようでした。一~三回目までは、選択肢を示しても、遊びを自分で選ぶことができませんでしたが、四回目には、自分でやりたい遊びを選択することができました。

5回目 声を出す練習
そこで、5回目のセッションでは、声を出す練習を取り入れることにしました。

◎導入
〈ちょっと、声を出す練習、一緒にやってみる?〉「(緊張した表情を見せながらも、うなずく)」
〈OK! 無理しなくていいからね。ちょっとだけ、やってみようか!〉(うなずく)

〈じゃあ、まずは、“あー”って声を出す練習からやってみよっか。どれだけ小さい声でもいいよ。出せる声でいいからね。私が“せーの”って言ったら、一緒に、“あー”って言ってね〉「(うなずく)」
〈せーの〉「あー(トレーナーに聞こえる大きさで、声を出す)」
〈わぁ、すごい!出せた、出せた!〉

〈じゃあさぁ、今度は、“おはよう”って言ってみよっか。私が言ったら、そのあと続けて、Bちゃんも言ってみてね〉(うなずく)
〈おはよう〉
「おはよう(しっかりと聞こえる声で発語。何度も繰り返す中で、声の大きさは、さらに大きくなっていく)」
〈すごい、すごい!良い感じ! ちゃんと聞こえてるよ!〉

〈じゃあ今度は、Bちゃん、自分の名前を言ってみようか〉(うなずく)
〈私の名前は、○○○○です〉
〈せーの〉
「私の名前は○○○○です(早口ながらもきちんと発語する)」

初めはかなり緊張した面持ちで取り組んでいましたが、一生懸命頑張り、初めて声を出すことができました。さらに、繰り返し声を出していく中で、Bちゃん自身も自信をもてたようで、声の大きさも徐々に大きくなっていき、表情にも柔らかさが見られるようになっていきました。

6回目~ 遊びを通した言葉のやりとり
六回目以降のセッションでは、絵本を読んだり、百人一首大会をやってみたりと、遊びを通して言語的なやりとりを図っています。

○ことば遊び(記憶力ゲーム/言葉を出す練習) 
遊び方 テーマに沿った単語を交互に出し合う。
(例)トレーナー:りんご→
Bちゃん:りんご、バナナ→
トレーナー:りんご、バナナ、トマト→ など
〈Bちゃん、今日もこの前やった、記憶力ゲームやろっか!〉
「うん(発語によって応じる)」
〈この前は、食べ物シリーズでやったよね。今日は何でやろうかぁ?〉
「うーん……。動物?」
〈おぉ、動物か! いいねぇ~!面白そう!じゃあ、今日のお題は動物ね!〉

⇒ここから動物をテーマに、同じゲームを行いました。Bちゃんにとっては、動物の名前を記憶するだけでなく、言葉を発する必要があるため、この遊びは勇気の要る遊びでしたが、しっかりと聞きとれ声の大きさで、やりとりしていました。この日は、十個の単語までクリアし、十一単語目で、Bちゃんもトレーナーもお互いに、「え、何やっけ?」と混乱が生じ、終了となりました。
途中でわからなくなったり、自信がなくなった時に、「えェ……」と戸惑う表情を見せたり、思い出せた時にうれしそうな表情を見せるなど、表情の変化も見られ、楽しんでいることが、こちらにも伝わります。

これまで家族以外とは一切話ができず、セッション中も、初めの四回は全く発語がなかったBちゃんでしたが、セッションを重ねていく中で、少しずつ発語が見られるようになり、一問一答形式のやりとりに加え、自分の気持ちや考えも表現できるようになってきています。中学に進学が、大きなチャンスと思われ、その準備を進めているところです。
【トレーニングのポイント】
 サポートする側が「早く話せるように」と焦ってしまうと、その焦りが子どもにも伝わり、結果として、プレッシャーを与えてしまいます。もともと場面緘黙の子は、日常生活の中で不安や緊張を強く感じていることが多く、この点も踏まえながら、トレーナーは、決して話すことを強要したりせず、まずは、その子のペースを大切に、一緒に遊んだり、あるいはその子が伝えようとしている気持ちを代わりに言語化していく中で、人と関わることの楽しさや面白さ、喜びを共有することを大切にします。その過程を通して、その子自身が他者に対する安心感をもてることが重要です。


5.視覚・空間処理の力を高めるトレーニング

〈視覚・空間処理に課題のあるケース〉のトレーニング例1

ツイスター 対象:全年齢
市販されている家庭用ゲームを活用することもできます。体のバランス感覚のトレーニングに適しているものに、『ツイスター』があります。手足をルーレットの出た色に置いていき、姿勢を保持できずに転んだら交代(負け)というゲームです。
体の右左の確認を行い、自分の体をうまく使う力を育てます。バランス力や、体の動きも柔軟になります。

【実際のトレーニング風景】
Iくんは、体のバランス感覚が悪く、運動全般に苦手で、体育の授業の縄跳びに苦戦していました。新しいことにも不安が強く、体を使うメニューはずっと拒んでいたのです。
トレーナーの心理士がツイスターを見せると案の定、反射的に「やらへん」と拒否反応を示します。
〈まぁ、いいよ、とりあえず先生やってみるから〉と、トレーナーがルーレットを回しました。
すると、「何これ」と興味を示し、今度は、Iくんがルーレットをまわし、止まった色を読み上げます。トレーナーがやって見せると、トレーナーの体勢を見て、笑い出し、何回もルーレットを回し、トレーナーに出た色を伝えてきます。
〈よし、交代〉
「えー嫌や、もう一回やって」
〈もう先生は疲れたな。やってみない?〉
「わかった。じゃあ、やってみる」と、重い腰を上げました。
「右ってどっちだっけ?」と確認しながら行う。
やり始めると、次第に夢中になり、さっきまで嫌がっていたことも忘れているようです。
〈ちょっとー、おしりが先生の顔に近い〉〈足すごい開くなー〉などと声をかけながら行うと、Iくんも笑い出し、おもしろい体勢をとることを楽しみながら取り組みました。
その後、毎回セッション時には「ツイスターしたい」と言うようになりました。
「運動神経良くなったで!楽勝や」と家族でもツイスターやると楽しそうに話します。縄跳びの技をトレーナーに披露してくれたり、鉄棒などもできるようになったと報告してくれます。最近は自信もついて積極的な変化がみられています。
 些細なきっかけでも、そこから楽しさを知り、自信を取り戻すと、子どもは変わっていきます。尻込みしているときは、トレーナーがやって見せることが突破ことを開くことも多いです。


〈視覚・空間処理に課題のあるケース〉のトレーニング例2

エアホッケー 対象:全年齢
よりスピード感のあるエアホッケーは、目と手の動きを協調させる力や、動くものを目で追う力を必要とし、視覚・空間認知のトレーニングに適しています。また、勝敗や遊びのルールを意識することで、集団遊びで求められる力を身につけることにもつながります。

【実際のトレーニング風景】
次に挙げる事例は、小学二年生のAちゃんと、エアホッケーをした際のやりとりです。
Aちゃんがホッケーを見つけ、「A、これやりたい!先生、勝負しよ~!」と提案したので、トレーナーの心理士が〈うん、いいよ!じゃあ今日はホッケーをやろう!〉と答えると、Aちゃんは「やったー!」と喜び、早速、準備を始めました。
Aちゃんは“勝ちたい”という気持ちを前面に出し、「エイッ!」「いけー!」と声を出しながら、勢いよくパックを打ってきます。自分が得点を入れると、「いえーい!やったー!」と手を挙げ喜び、一方で、トレーナーが得点を入れると、「あぁ、もう! 入れられた~!」と、悔しさを体いっぱいで表現します。
ゲームの進行中、Aちゃんは勝ちたい思いから、自分が負けそうになると、「次、得点入れたら、一気に3点入るってことにしよう!」と、突然、ルールの変更を持ち出しました。
それに対して、トレーナーが、〈勝ちたいよね。でもね、途中で急にルール変わっちゃったらどうかな?〉〈お友達と遊んでる時に、相手の子が急にルール変えちゃったら、Aちゃんもびっくりしちゃわない?〉と投げかけると、Aちゃんは「あぁ、そうか……」と理解を示しました。
また、トレーナーが、〈“こんなルールにしたら面白そう!”とか、“こんなふうに遊びたいなぁ”って思うことがあったら、1ゲーム目が終わった時とか、次の遊びが始まる前に伝えたらいいと思うよ〉と言うと、Aちゃんは「わかった~。じゃあ、次のゲームからにする」と引き下がり、その後、「どっちかが9点取ったら、次に点数が入った人に3点入るってことにしよう!」と提案してきました。
〈おぉ、いいね!そういうの、“交渉”って言うよ。お互いが納得のいく約束を決めるのって、大事なことだね〉と言うと、「うん、うん」とうなずきます。


〈視覚・空間処理に課題のあるケース〉のトレーニング例3

図形模写 対象:五歳以上
トレーナーが手本の図形を提示し、その通り描き写す課題です。目で見て形を記憶し、自分の紙に手を動かして描くという一連の動作をスムーズに連動して行う必要があります。目と手の協応動作(複数の器官がタイミングを合わせ協力して一つの作業をすること)や視覚的なワーキングメモリー(作動記憶)、手の巧緻性、集中力などが求められ、動作性の能力がよくわかる課題ですし、同時に良いトレーニングとなります。

【実際のトレーニング風景】
先生の指示を聞いて行動したり、双方向のコミュニケーションが苦手なCちゃん。トレーニングに通うにようになって、コミュニケーション力も聞き取りの力も高まり、指示もよく通るようになっています。しかし、まだ文字や図形を描くのに苦手さあるということで、その日は新しい課題に挑戦することに。
「今日は初めてのこと、やってみようか」と言うと、興味を示す。最初はモチベーションが高かったものの、苦手な課題だけに、やってみると思ったより難しいらしく、「これ苦手なやつだ」と自分でもぼやいています。
「お手本と、自分が書いているのと、一度には見えないよね」
「どっちかしか見えない」
「お手本の方と書いているのと、よく見比べながら写してね。そうそう、いいぞ」と励ますと、何度も目を動かしながら、黙々と取り組み始めます。
五分ほどして、「できた!」と、最後の図形の模写まで終えました。
「お~、頑張ったね」
 本人としては、かなり慎重に書き写せています。
「細かいところまで、よく気をつけて写せたね」とほめると、本人も満足げです。達成感があったのか、苦手な課題にもかかわらず、「また、やりたい」という言葉も聞かれました。

【うまくいく秘訣と工夫】
こういう課題は単調になりがちですし、元々苦手な課題ですと、結構つらいものです。楽しい課題の間に入れると良いでしょう。図形を、好きなキャラクターの線画などを加えてもいいでしょう。
単調な課題でも、子どもたちが頑張れるのは、トレーナーとの信頼関係や頑張って認めてほしいという気持ちがあるからでしょう。困難なことだけに、達成したときには、たくさん「頑張ったね」と声をかけてあげてください。

書字の課題のトレーニング
学習においてしばしば課題になる書字も、眼と手を協応させながら使いこなす課題だと言えます。書字が苦手な子では、スムーズに漢字の一画一画が書けないだけでなく、配置や向きが入れ替わったり、全体のバランスがうまくいかないということがしはしばです。
かといって、そこを無理やり練習させようとしても、苦手意識があるため、とても苦痛な作業になってしまいます。そこで苦手意識を突破し、また、視覚的な記憶が弱い面を補うための工夫が必要になってきます。そうした取り組みを通して、自信や興味を呼び起こすとよいでしょう。


〈視覚・空間処理に課題のあるケース〉のトレーニング例3
 
粘土のノートになぞる 対象:全年齢
視・空間認知や目と手の協応が弱い子にとって、文字を見て書き写すということが、とても難しく感じられてしまいます。無理にさせると、ストレスを感じ、漢字を書くのに拒否感や苦手意識を強めてしまいます。そういう場合にお勧めなのが、粘土を使ったトレーニング法です。

粘土板のうえに、粘土を平らに伸ばし、「粘土のノート」を用意します。この「粘土のノート」に、まずトレーナーが、手本になる字を指で書きます。浅くくぼみができるように、書くと良いでしょう。次に、子どもさんが、そのくぼみをなぞって、書きます。書き順がわからないときは、教えてあげてください。感触を味わうように、ゆっくりなぞってもらいます。うまくなぞれたら、褒めてあげてください。五回繰り返してなぞったら、今度は、粘土を平らな状態に戻して、自分でなぞってもらいます。形が思い出せない場合は、もう一回、ぼんやりと薄くなぞり、その上からなぞってもらいます。

目で見ただけや、鉛筆を動かすことでは、なかなかうまく形が覚えられない子も、触覚の助けを借りることで、形を体感しやすくなります。
ときには、粘土で立体文字を作るのもよいでしょう。粘土で細長いひもを作り、おおまかな形をくみ上げてから、細かい部分を整えていくとよいでしょう。粘土を何色かの色粘土を使って、カラフルに楽しんでもよいでしょう。漢字の学習にこだわらずに、遊びとして取り組むことにより、漢字に対する苦手意識を拭い去ることが、むしろポイントです。

【実際のトレーニング風景】
Tくんは、小学三年生の男の子。コミュニケーションがとりにくく、冗談で言われたことに傷ついて、手が出てトラブルになったり、自分の気持ちがうまく言えないといった課題がありました。コミュニケーションの面では改善が見られ、トラブルになることもあまりなくなりましたが、漢字が苦手で、最近は学習面での課題が目立つようになっています。
〈今日はねぇ、粘土を使って、漢字のお勉強するよ~〉
「え、粘土?」
〈うん。びっくりした?〉
「うん、びっくりした!どうやって、粘土で勉強するの?」
〈(粘土を取り出しながら)これ、紙粘土ね〉
「おぉ、ほんとだ!僕、粘土、すっごく好きなんだよねぇ~(表情が一段と明るくなる)」
〈そうだよね。Aくん、工作大好きだもんね。そんなAくんにピッタリの勉強方法があるんだよね〉
「えー、何なに?」
〈今日は、粘土をノート代わりにするよ〉
「え、粘土がノート?」
〈うん。ちょっと待ってね……(粘土を取り出し、薄く伸ばす)〉
〈ここにね、漢字を書いていくの〉
「おぉ~、面白そう!」
〈面白そうだよね~〉
〈Aくん、最近、学校でどんな漢字、習った?〉
「えっとねぇ、今日、“坂”っていう字、習ったよ」
〈OK!じゃあ、まず、“坂”っていう漢字、書いてみようか〉
〈まず先生がこの粘土ノートに、指で書いてみるね〉
「うん(興味津々な様子で、トレーナーが漢字を書く様子を見る)」
〈(漢字を書き終えたあと)よし、書けたよ!〉
「ほんとだ!ちょっと、型がついてるね」
〈うん。ちょっと凹んでるでしょ。この上をね、Aくん、まず、指でなぞってみてくれる? なぞりながら、漢字の形、覚えてみよう〉
「おぉ、そういうことかぁ~!」(楽しそうに漢字をなぞる)
〈そうそう、ばっちり!じゃあね、今からこの粘土、一回、元の状態に戻すよ〉
「おぉ、消すんだね」
〈そうそう〉
(めん棒で粘土を元の状態に戻したあと)〈じゃあね、今度はAくん、さっき書いたのを思い出しながら、自分で、“坂”っていう漢字、書いてみてくれる?〉
「うん、分かった!」(のびのびと書き進める)
「できた!」
〈おぉ、すごい!ばっちり!ちゃんときれいに書けてるね!〉
「これ、面白いね! じゃあ、少し似ている字で、“板”っていう漢字、書いてみようか」
(トレーナーが書いたのを見て)
「本当、ちょっと違うだけで、そっくり。書いてみたい!」

この後も、Aくんは粘土の上に漢字を書くことをかなり気に入った様子で、「次は○○っていう漢字、書いてみる~!」「次は先生、何か問題出して~!」など、楽しみながら漢字の学習に取り組むことができました。
さらに、漢字の学習を終えると、「じゃあ、このあとはこの粘土を使って、遊ぼう~!」と言い、この日は最後に粘土遊びをして、セッションを終えることに。Aくんは、手のひらを粘土で真っ白にしながらも、終了時には、「面白かったー!」と、満足そうな表情を見せていました。

文字の書き取り練習
書字の困難を抱えている子にとって、何と言っても漢字の書き取りが難しく課題です。すでに自分の中に苦手意識がつよく、「やってもどうせ無理」と諦めの気持ちを持っている子が多いように思います。この点を踏まえ、まずは、正しく書けたか、正しく覚えられているか、といったことに焦点を当て過ぎず、文字に触れること自体に楽しさや面白さを感じられることが大切です。


〈視覚・空間処理に課題のあるケース〉のトレーニング例4

漢字のたし算 対象:全年齢
【雨+ニ+ム=雲】といったように、パーツをたし算していき、漢字を完成させる課題です。あらかじめ、ワークシート形式で問題を用意しておくと良いでしょう。

【実際のトレーニング風景】
Kくんは、少しやんちゃな三年生の男の子。学習でつまずき、不登校になって相談にこられました。学校にはいけるようになっていますが、勉強に対する苦手意識の克服が課題です。
ワークシートを提示すると、Aくんは、「うわ、何これ!暗号みたい!」と興味を見せます。それに対して、トレーナーが〈たしかに、暗号みたい!〉と言いながら笑うと、Aくんも「そうでしょう~?」と言いながら笑っています。
〈じゃあさぁ、Aくん、今日はこの暗号、頑張って解いていこう!〉
「えー、難しそう……。僕、漢字、すごく苦手だもん……」
〈“暗号解読”って思ったら、何か面白そうじゃない? 私も解読のお手伝いするわ!〉
「うん、わかった~」

実際に取り組み始めるとAくんは「あ、わかった!」と、ほぼ全ての漢字をスムーズに書き進めていきます。
〈Aくん、すごいじゃん! 暗号解読、順調だね!〉と言うと、Aくんは「ヘヘ」とうれしそうに笑います。
しかし、そのあと、完成した漢字を指さしながら、〈これ、何ていう漢字だっけ?〉〈何て読むんだっけ?〉と読み方を訊ねると、「え、何だったっけ……。読めない……」と、苦笑いを浮かべます。
それに対してトレーナーが、例えば、〈漢字の“雨”と、カタカナの“ニ”と、カタカナの“ム”を合わせたら、“雲”だよね。この漢字、“くも”って読むよ〉と言うと、Aくんは「あぁ、そうやった、そうやったぁ~」とうなずいています。
〈雲って雨に関係するもんね~。こうやって漢字の形と読み方をセットで覚えると、覚えやすいかもよ〉と言うと、「うん、うん」と納得した様子でした。

【トレーニングのポイント】
 もともと文字を書き取ることに苦手意識をお持ちの子どもの場合、ただ何度も同じ文字を繰り返し書き取ることを求められると、ますます文字の書き取りにつまらなさや抵抗を感じてしまいます。
「ここは、きちんとハネないとだめだよ」「もっと丁寧な文字で書きなさい」と、あまりに細かく、注意ばかり並べると、なおのこと学習に対するモチベーションは下がってしまいます。いかに興味と自信を高めるかが、ポイントです。
漢字の成り立ちや形などを、絵カードや粘土などを使って遊びにしてしまうのも、心の抵抗を取り去る一つの方法です。



6.基本的な社会的能力を高めるトレーニング

〈基本的な社会的能力に課題のあるケース〉のトレーニング例1

俳優に挑戦! 対象:全年齢
簡単なセリフを用意します。「俳優さんて、知ってえるかな? 映画やドラマで役を演じる人だね。どうしたら、いい俳優さんになれると思う?」
いろいろ意見を言ってもらった後、「俳優さんは、顔よりも、声が大事だって言うよ。その役にぴったりの雰囲気で話すことが大事なんだ。だって、悲しいお話なのに、楽しそうにしゃべったり、楽しい場面で、つまらなそうにしゃべったのでは、調子が狂っちゃうでしょう?」といった前ふりをしてから、「きょうは、○○君も、俳優にチャレンジしてもらいます。そのために、まず、声の調子を自分でコントロールする練習をするよ。明るい調子や、暗い調子に、変えて話すので、よく聞いて、できるだけ同じ調子でしゃべってね」

セリフ1
 「怒ってる? 本当に悪かったね。ごめんなさい」
 
セリフ2
 「筆箱を忘れてしまったんだけど、鉛筆を貸してくれませんか?」

セリフ3
 「いま、ちょっといい? あの、よかったら、今度、一緒に遊ばない?」

【進め方のポイント】
トレーナーは、軽い調子や重い調子、すごく軽い調子や、すごく悲痛な調子など、声のトーンをかえて、まずやって見せます。子どもが、少しでも調子を近づけようと頑張れば、「すごくいいね」と、評価してください。
セリフを厳密に同じにする必要はありません。声の調子に合わせて、変えていっていいです。盟友になり切って、少しオーバーに演技して、楽しみましょう。どんな場面では、どの調子がいいかなどについても、意見を出し合うといいでしょう。


〈基本的な社会的能力に課題のあるケース〉のトレーニング例2

ごっこ遊び 対象:幼児~小学生
ごっこ遊びは、想像力や表現力、言語力を身につけるとともに、相手に合わせる力を身につけたり、社会性を身につけることにもつながります。

【進め方のポイント】
まずは、の主体性を大切にするよう心がけます。また、トレーナーは常にその子と同じ目線になって、その状況や雰囲気を共有することが大切です。ストーリー展開に行き詰まってしまうような場合にも、「じゃあ、この続きはこうしよう!」と、急に現実世界へと戻してしまうのではなく、「ねぇねぇ、○○ちゃん、次は□□しない?」といったように、その役になりきったままの状態で、上手にその先へと導いてください。

【実際のトレーニング風景】
Jちゃんは小学校二年生。Jちゃんは、自分自身の気持ちや考えを、“言葉”を用いて直接的に表現することはあまりなく、ごっこ遊びや、絵を描くなど、“遊び”を通して表現し、伝えることが中心です。
Jちゃんとは、約一年半、月に二~三回の頻度でトレーニングを続けていますが、ほぼ毎回欠かさずごっこ遊びを取り入れてきました。その様子について、いくつか紹介しましょう。


○学校ごっこ(授業中のある場面を再現)
18回目 
この回では、Jちゃん(先生役)は、トレーナー(生徒役)に対して、「もっときれいな字で書かないとだめよ!」「授業中はしっかり、前を見て話を聞きなさい!」と注意したり、「先生の言うことが聞けないんだったら、廊下に立っていてもらいますよ!」と叱ったりすることが多くみられました。

➡終了後、トレーナーが〈今日のお話には、厳しい先生が出てきたね〉と振り返ると、Jちゃんは「うん。今日は怖い先生をやってみたかったんだよね」と話します。そこで〈Jちゃんの担任の先生はどう?〉と聞くと、「怒ったら、すっごく怖いんだよね。それに、細かいことをごちゃごちゃ言うの……」と、愚痴をこぼすように打ち明けました。

○学校ごっこ(お母さんが先生に対してクレームを言う場面を再現)
43回目 
「今日は学校ごっこしよう~」
〈うん、いいよ!〉
「じゃあ、今日はJが先生で、先生(トレーナー)は生徒とそのお母さんの一人二役なぁ。先生がすっごく意地悪で、怖いってこと! それで生徒は怖くて泣いちゃうの。それで、その子がお母さんにそのことを言って、お母さんが先生に怒りに行くっていうことにしよう!」
〈OK!今日は“先生が怖いバージョン”の学校ごっこにするんだね〉
「そう。その方がスリルがあって、面白いもん!」

(ここから実際に、学校ごっこを始める)
生徒:〈先生、ここが分からないんですけど……〉
先生:「何でこんなことも、わからないんですか!(きつい口調で返す)」
(学校で先生に叱られたことを、子どもは、お母さんに伝える。子どもから、話を聞いたお母さんは学校に行き、先生と話をする)
お母さん:〈うちの子が、“先生のことが怖い”って言ってるんですけど……〉
先生:「いえ、それはおさんの理解力が悪いだけです!私はお子さんが全然勉強ができていないので、叱っただけです!」

➡終了後、トレーナーが〈Jちゃんがやってくれた先生、すごく怖かったわぁ~。迫力、あったよ〉と言うと、Jちゃんは「ほんとに~? でも、これはママには言わないでね!恥ずかしいから……」と、苦笑いを見せます。

【トレーニングのポイント】
Jちゃんとのセッションでもよく見られることですが、始める前にあらかじめ、「今日はこんなお話にしようね」と、大よそのストーリー展開を考えておいても、実際にごっこ遊びを進めていく中で、突然、登場人物が増えたり、思いもよらない方向へと話が広がっていくことがあります。そんな時も、トレーナーは無理に軌道修正しようとせずに、その子のイメージや、その子自身が思い描いている世界観を優先し、常に寄り添っていく姿勢を大切にします。
 また、ごっこ遊びを通して、自分自身の本音や普段は言えない気持ちを表現していることもよくあります。実際にここで紹介したJちゃんも、学校で先生に怒られることがあった時に、同じようなシチュエーションをごっこ遊びの中で取り上げたり、日頃、お母さんが家族のために一生懸命働いたり、ご飯を作ってくれたりすることへの感謝を、遊びの中で間接的に表現したりします。遊びの中で表現されたことを一つ一つ丁寧に読み解き、共感することが、その時々の子どもの気持ちや考えを理解し、試練を乗り越えていく手助けになることも多いと思います。


〈基本的な社会的能力に課題のあるケース〉のトレーニング例3

友達に声をかける 対象:全年齢
自分から声をかけられるようになるためのトレーニングです。本人の困り感を拾い上げ、できるようになりたいという動機づけを行ったうえで、対話形式によるコーチングとロールプレイによる実践練習を行います。

【実際のトレーニング風景】
Mちゃんは、小学校三年生の大人しい女の子です。音に敏感で、掃除機の音を今でも嫌がります。とても緊張が強く、小学校一、二年のころには、授業中も微動だにせず、固まっていることも多かったと言います。自分から友達に声をかけることはまったくなく、一日中一言も口を利かずに、学校から帰ってくるということも珍しくありませんでした。
当然、友達もできにくく、一人ぽつんと孤立していることが多かったようです。低学年の頃は、それでも受け入れられていたのですが、他の女子間の関りが活発になるにつれて、すっかり取り残され、学年が変わった頃から、学校に行くのを嫌がることも増えていました。この状況を変えていくためにも、友達とかかわれるソーシャルスキルの改善が必要でした。
プレイセラピーにすぐになじむと、自分からいろいろ話してくれるようになりました。そんなときの一コマを次に紹介します。

◎導入とコーチング
(表情がさえないMちゃんに)
〈何か困ったことでもあるのかな?〉
(少しためらってから)
「M、休み時間に、お友達に“遊ぼう”って声かけたいけど、声かけられない……」
〈そうかぁ。“お友達と遊びたいなぁ”って思うんだけど、声がかけられないんだね〉
「うん」
〈お友達と仲良く、一緒に遊びたいよねぇ〉
「うん」
〈Mちゃん、お友達に声をかけようと思った時、どんな気持ちになる?〉
「緊張する……」
〈そうだよね。“何て声かけよう?”“お友達、一緒に遊んでくれるかなぁ?”って思って、緊張するよね〉
「うん。それで勇気がもてない。“断られたら嫌だなぁ”って思うし……」
〈そうだよね。もし、“無理”って断られちゃったら、悲しい気持ちになるもんね〉
〈じゃあ今日は、声をかけるための勇気の出し方、ちょっとやってみよっか〉
「うん」
〈まずね、心の中で、“頑張れー!”“きっとうまくいく!”って、自分に声をかけてみることね。そしたら、だんだん、“よし、頑張ろう!”って、勇気が湧いて来るかもしれないよ〉
「うん」
〈でね、勇気が湧いてきたら、今度は思い切って、そのお友達に近づいてみようか〉
「うん」
〈その時にね、暗い顔で近づいたり、怖い顔で近づいたりしたら、どうだろう?〉
「嫌……」
〈そうだよね。お友達も、“え、どうしたの?”ってびっくりしちゃうよね。だからね、自然な感じで、笑顔で近づけたらいいね〉
「あぁ、そうかぁ」
〈うん。でね、相手のお友達に聞こえる声で、“私も一緒に入れてほしいなぁ”って声をかけてみようか〉
「うん」
〈他にも、例えば、“何してるの?”とか、“楽しそうだね”とか、きっかけになる言葉っていろいろあるよ〉
「そうかぁ~」
〈お友達に声をかける前に、お友達がどんなことをしてるか、ちょっと観察しながら、“どんな言葉をかけようかなぁ”“今だったら、声かけていいかなぁ”っ考えてみるといいかもしれないね〉
「うん」
〈じゃあ、これから実際に練習してみようか。やってみる?〉
「うん。やりたい」

◎ロールプレイ
トレーナーが、友達役になって、実際のやり取りを練習します。うまく受け入れてくれる場面だけでなく、断られたり、気づいてくれなかったりする場合も想定して、いくつものパターンで、トレーニングすると良いでしょう。
最悪の事態が起きたとしても、対応の仕方がわかっていれば、それだけで不安は低下します。ロールプレイに慣れないうちは、言葉もスムーズに出ないのですが普通ですが、慣れてくるとめきめき上達していきます。
Mちゃんの場合、言葉自体はしっかり育ってきており、緊張や不安、拒絶されることへの恐怖といったことが、コミュニケーションを妨げていたので、ロールプレイでのトレーニングは、非常に効果的でした。
学校でも、今月の自分の目標を、「友達に話しかける」にして、担任を驚かせました。担任の先生や周囲の級友が温かく見守ってくれたこともあり、実際に自分で声をかけられる日も増えてきました。
何か困ったことやトラブルがあると、Mちゃんを自分から、対処の仕方について相談してきたり、ロールプレイをしたいと言うようになりました。そうして備えをすることが、本人の安心と自信につながっているようでした。
 三年生が終わる頃には、親しい友達が二人もできて、学校にも嫌がらずに通えています。

【うまくいく秘訣と工夫】
 いきなり問題解決やトレーニングから入るよりも、まず遊びなどを共有する中で、安心できる関係を作ることが第一です。そのうえで、本人の困りごとを拾い上げ、一緒に対処を考えたり、実際にロールプレイをして、練習を積むという流れが、とても効果的です。ロールプレイでは、先にも述べたように、うまくいかない場合への対処も、練習しておくことが大切です。


〈基本的な社会的能力に課題のあるケース〉のトレーニング例4

困っていることを伝える 対象:全年齢
何か困ったことが生じた時や、どうすれば良いのかわからなくなった時に、自分の気持ちや考えを整理し、それを伝えるトレーニングです。ただ困りごとを伝えるスキルではなく、自分の気持ちを明確にするプロセスも重視します。

【進め方のポイント】
 困っていることを、相手にただ丸投げするのではなく、自分はこうしたいのだが、どうしたらいいかわからないということを、きちんと説明できることを大切にします。そのためには、「自分は今、どうしたいのか?」ということを、はっきり言葉にし、そのために何ができるかを考えます。
 
【実際のトレーニング風景】
Cちゃんは中学校二年生。小学校時代からコミュニケーションを図ることに苦手さを感じていて、友達もあまりできずにいました。中学校入学後も、友達ができず、中学一年生の間は、学校にも行きづらい日々が続いていました。
Cちゃんとは、約半年、月に二回の頻度で、セッションを続けてきています。セッションを始めた頃は、表情も乏しく、自発的な会話はもちろん、こちらが投げかけた質問に対しても、反応が返ってくることは、ほとんどありませんでした。それでも、Cちゃんの好きな遊びを共有していく中で、少しずつ言葉のキャッチボールができるようになり、最近では自分の気持ちや考えを言葉で表現することも、少しずつできるようになってきています。
次は、Cちゃんとのトレーニングでのやりとりの一例です。

〈Cちゃん、普段、おうちとか学校で生活してる時に、“これ、どうしたらいいんだろう?”って困ること、ないかなぁ?〉
「よくある……」
〈よくあるかぁ〉
「うん」
〈じゃあ、そういう時ってどうしてるかなぁ?〉
「家にいる時はお姉ちゃんに聞く」
〈うん、うん。そうよね。困ったことがあったら、誰かに聞いてみるといいよね〉
「うん。でも学校だったら聞けない……」
〈聞けない……〉
「何か聞きづらい。だからとりあえず、自分で考えてやってみる。でも、それでもわからなかったら、困ってしまう……」
〈そうか、そうかぁ。わからないことを誰かに聞いて解決したいなぁ、助けてもらいたいなぁって思うんだけど、誰に、どうやって聞けばいいかわからなくて、困っちゃうこともあるかな……〉
「うん。そんな感じ」
〈そういう時ね、自分はどうしたいのか、そのために自分にできることは何か、二段階に分けて考えてみるといいよ〉
「へぇー」
〈例えばね、今日、持って来ないといけなかった英語の宿題を、おうちに忘れて来ちゃったとしようか〉
「うん」
〈その時、英語の先生に、“宿題を持って来るのを忘れました”って伝えるだけでもいいけど、それだと、先生も、“そうですか”“わかりました”で終わっちゃうかもしれないね〉
「うん」
〈ここで大事なことは、自分がどうしたいか?っていうこと〉
「うん」
〈Cちゃんだったら、こういう時、どうしたいと思うかなぁ?〉
「(少し考えたのち)明日か、今日の放課後に持って来たい」
〈そうそう。そうよね。その考え、ばっちり! じゃあそのためにはどうしたらいいかなぁ?〉
(しばらく困った表情を見せる)
〈先生に、その気持ち、何とかして伝えたいねぇ~〉
「うん」
〈何て言ったらいいだろう?〉
「英語の先生に、“今日の放課後か、明日に持って来てもいいですか?”って聞いてみる」
〈そうそう。そうよね。そうやって自分がどうしたいか伝えられたら、先生にもCちゃんの気持ちがきちんと伝わるし、そのうえで、じゃあどうすればいいのか、きっと先生も一緒に考えてくれるよね〉
「うん」
 
【トレーニングのポイント】
「こんな時、○○ちゃんだったらどうする?」と、さまざまなシチュエーションを想定し、練習を積み重ねていきます。
その子の年齢や置かれている状況を想定し、その子自身が経験しやすそうなシチュエーションを取り上げると良いでしょう。子どもから、「こんな時、私だったら、こうするかなぁ?」「私だったら、こうしたい!」と、自分の考えが述べられた時には、「たしかに、その方法、良いね!」と、その子自身の考えを認め、肯定することを基本にします。そのうえで、「こういう考え方もできないかなぁ?」「こういう時には、こんな方法もあるよ」と、異なる視点や方法を提示してあげることで、その子の視野を広げることにもつながります。


〈基本的な社会的能力に課題のあるケース〉のトレーニング例5

会話のキャッチボール練習 対象:全年齢
言葉のやりとりが苦手で、話の聞き方や続け方がわからないと、一方的に話したり、話がかみ合わなかったりして、友達との関係にも支障をきたします。
双方向のコミュニケーションがうまくいくためには、相手の言葉を受け取ったら、相手に投げ返し、また受け取るという「会話のキャッチボール」ができる必要があります。それを、まるでキャッチボールの練習をするようにトレーニングするのが、このプログラムです。
ボールを落とさないように、交互にキャッチボールを続けるように、会話のボールを投げ合います。話題をいくつか決め、話題に沿った会話を交互に行います。一人がしゃべり過ぎるのではなく、一言か二言しゃべったら、相手に必ず話を返すようにします。目標時間を決めて、相手の話に何回乗れるかにチャレンジします。

【進め方のポイント】
うなずきや、あいづちのスキルを指導し、モデルを示します。質問に答えるだけでなく、自分がされた質問を繰り返したり、言い直したり、少しだけ話を広げたりしながら、その話題に関連することを返す練習を行います。

【実際のトレーニング風景】
K君は、自分の興味のあることは一方的にしゃべるものの、学校でも自分の興味のない話は聞かず、遮ってしまったり、あからさまに興味がない態度を取ってしまう子でした。
〈さぁ、今からA君に野球の話をするよ。でも先生は○○ファンだから(A君の好きなチームではない)。それでも飽きずに、先生に合わせて質問してね。まずは3分続かせよう。一緒に頑張ろうな〉
最初は、「無理、長すぎる」「そんなにしゃべることない」と言っていましたが、トレーナーが、K君の発言に笑顔でうなづいたり、オッケーサインを出したり、話をふったりする中で、徐々に返しもできるようになり、どうにか目標もクリアしました。
「何とかいけた!」と、A君もうれしそうに声を上げます。
その後も、少しずつ目標時間を長く設定し、挑戦を繰り返していきました。質問ができるように、相手の話をよく聞くようになるという変化も見られます。カウンセラーのお株を奪うように、こちらの興味に寄り添おうとする姿勢がみられたのには驚かされました。


〈基本的な社会的能力に課題のあるケース〉のトレーニング例6

聞くスキルを身につける 対象:全年齢
相手の話していることに興味関心を向けるとともに、適切なタイミングで、自分の思ったこと返したり、疑問に思ったことを投げかけたりする訓練です。

【進め方のポイント】
「会話」と言うと、「うまく話さなければ」「何を話したらいいんだろう?」と、つい、「話すこと」に注意が向きがちですが、上手な「会話」のためには、「話すこと」だけでなく、「聞くこと」も大切だということを、まず、その子に伝えます。そのうえで、うまく「聞く」にはどうすればよいのか、具体的に例を示したり、ロールプレイを取り入れたりしながら練習します。

【実際のトレーニング風景】
 Tちゃんは小学校四年生。幼少期より人見知りが強く、母子分離にも強い不安がみられました。小学校入学後も、他者との関わりに不安や緊張を感じやすく、自分から友達の輪の中に入っていけないでいました
Tちゃんとは、約三か月、月に二回の頻度でトレーニングを続けてきました。トレーニングを始めた頃は、常に緊張した面持ちで、表情も強ばっていることが多かったのですが、最近では、自分が経験したことや感じたことも話せるようになっています。
セッションの一例を紹介します。

◎導入とコーチング
〈私もそうなんだけど、誰でもね、特に初めての人とお話する時ってすごく緊張すると思うんだよね。Tちゃんはどうかなぁ?〉
「緊張する……」
〈緊張するよね。例えば学校だったらどうかなぁ? 先生とかお友達とお話する時……〉
「優しい先生だったら話せるかな。でも、クラスの子と話すのは、いっつも緊張する」
〈そうかぁ。今ね、Tちゃん、“優しい先生だったら話せる”って言ってくれたけど、たしかにそういう印象って、大事よね。Tちゃん、他にはどんな人だったら、“この人、話しやすそう”って思うかなぁ?〉
「うーん……」(しばらく考えるが、なかなか言葉が出て来ない)
〈例えばね、Tちゃんがお話してる時に、ニコニコ、明るい表情でお話を聞いてくれる人と、下を見て、ちょっと怒ったような顔とか、ムスッとしたような顔で聞いてくれる人だったらどう?(実際に顔の表情をつけながら説明する)〉
「ニコニコしてくれてる人の方が話しやすい」
〈そうよね。怒った顔の人とお話するのは怖いし、不安になっちゃうよね……〉
「うん」
〈あとは、例えば自分がお話してる時、“うん、うん”“へーそうなんだ!”ってうなずきながら聞いてくれる人と、あまり反応がなく黙って聞く人とだったらどうかなぁ?〉
「うなずいて聞いてくれる人の方がいい」
〈そうよね。反応がないと、“私の話、面白くないのかな……”“興味ないのかな……”って思っちゃうよね〉
〈今、いくつか挙げたみたいにね、お話する時って、“こんなことに気をつけたら上手にお話できるよ”“楽しくお話できるよ”っていうコツがあるんだよね〉
「うん」
〈“お話する”って言うと、どうしても話をすることだけが大事って思いがちだけど、実は、お友達のお話を、どれだけ興味を持って聞けるかっていうのも、すごく大事なんだよね〉
「そうか」
〈うん。まずは相手が話しかけやすいように、明るい雰囲気を大切にすることだね。“話しかけられやすい人”になれるといいね〉
「うん」
〈それで、実際にお話を始めたら、“うん、うん”って相槌を打ったり、“へぇ、そうなんだ!”“それって、どんなの?”“それでそのあと、どうなったの?”って相手のお話に興味を持つことが大事だね〉
「うん」
〈お互いに興味を持てると、お話も弾んで、楽しくなるね〉

◎ロールプレイ
「聞くこと」の大事さについて理解が深まったところで、実際に、あるテーマに沿って、会話のキャッチボール練習(ロールプレイ)に取り組み、定着を図ります。ロールプレイでは、まず、トレーナーが話し手になり、Tちゃんが聞き手役をしますが、途中から、役割を入れ替えます。
 
例:〈私、昨日、出かけてきたんだ〉
  「へぇ。そうなんだ。何しに行ったの?」
  〈テレビで、“行列のできる料理屋さん”っていう特集をしていたんだよね。
  そこで取り上げられていたお店に行ってみたんだ〉
  「へぇ、いいなぁ~。どんなお店?」
  〈イタリアンのお店でね、ピザがすごくおいしいんだよ〉
  「どうだった? おいしかった?」 など

相手の言葉をなぞったり、相手の発言について感心したり、質問したりするスキルを身に着けてくると、自分が何か話さないと会話に加われないという思い込みが薄らぎ、話すことへの苦手意識がやわらぎやすいと言えます。

【うまくいく秘訣と工夫】
 自分が話し手の時に、どんなふうに聞いてもらえるとうれしいか、話しやすいかといった視点から捉えられると、その子も「聞くこと」の大切さが実感できると思います。さらに、実際にトレーナーが、「よい例」と「よくない例」をやって見せることで、どんな聞き方がより良い聞き方なのかが理解しやすく、実践にも結び付きやすいでしょう。


〈基本的な社会的能力に課題のあるケース〉のトレーニング例7

状況に応じた声かけを覚えよう~挨拶の仕方~
外出する時や、家に帰って来た時など、様々なシチュエーションを想定しながら、そこではどのような声かけ(挨拶)をすれば良いかを考える低学年向きのトレーニングです。

【進め方のポイント】
「どんな時に、どんな声かけをすれば良いのか」ということを考えるためには、具体的な状況をイメージする必要があります。そのため、例えば「学校生活」のある場面を取り上げる際にも、「ここは学校です」というような一般化した言い方ではなく、「ここは学校の職員室です。職員室の中ではたくさんの先生たちが、お仕事をしたり、他のお友達とお話をしたりしているよ」「○○くんも学校でそんな様子、見たことないかなぁ?」といったように、できるだけ具体的にその状況を伝えるようにします。

【実際のトレーニング風景】
Aくんは、小一の男の子。最初のころは、落ち着きがなく、セッション中もウロウロしてばかりでした。半年余りのトレーニングで、だいぶ話に集中できるようになりましたが、状況が読み取れないところもあります。
〈Aくんは、朝、学校に行く時、いつも何て言ってるかなぁ?〉
「いってきます!」
〈うん、そうだね。〝いってきます〟って言うよね。じゃあ、Aくんは誰に、〝いってきます〟って言ってる?〉
「お母さんとか、おばあちゃん」
〈うんうん。ちゃんと出かける前に、みんなに挨拶してるんだね!〉
「うん!してるよ!」
〈じゃあ、おうちに帰って来た時は?〉
「ただいま!」
〈うん、うん。そうだよね!じゃあ、Aくんが〝ただいま〟って言ったら、おうちの人は何か言ってくれる?〉
「‶おかえり〟って言ってくれる!」
〈そっかぁ!〝おかえり〟って言ってもらえると、うれしいよねぇ。じゃあ、Aくんは、ママがお仕事から帰って来た時、〝おかえり〟って言ってあげてる?〉
「うーん……。たぶん……」
〈きっと、ママもおうちに着いて、Aくんに〝おかえり〟って言ってもらえたら、うれしいと思うよ〉
「うん」
〈じゃあさぁ、おうちに誰か来た時は? 例えばお友達がおうちに来てくれたら、何て言おうか?〉
「〝いらっしゃい!〟って言う」
〈おぉ、いい感じ!〝いらっしゃい〟って言って、迎えてあげるのね。じゃあ、お友達が帰る時には何て言う?〉
「〝さようなら。また遊ぼうね〟って言う」
〈なるほどね!〝また遊ぼうね〟って言ってあげるの、いいね!そう言ってもらえたら、お友達もうれしいね〉
〈じゃあさぁ、学校で職員室に入る時はどうかなぁ?〉
「職員室って……?」
〈先生たちがいるお部屋。授業の準備をしたり、会議をしたりするお部屋だね。Aくん、職員室って行ったことないかなぁ?〉
「あぁ、あそこかぁ!あそこに入る時は……(しばらく考える)。わかった!〝お邪魔します〟って言う!」
〈〝お邪魔します〟って言うかぁ。たしかに、誰かのおうちに行く時は、“お邪魔します”って言ってから、おうちに入るよね。でもね、学校の職員室に入る時は、〝お邪魔します〟よりも、〝失礼します〟って言った方がいいかな〉
「あぁ、そうかぁ~」
〈じゃあ、職員室から出る時はどう? 何て言って、出ようか……?〉
「〝失礼しました〟って言う!」
〈そうそう。ばっちり!〉

【うまくいく秘訣と工夫】
初めは、「こういう場面では、こういう声かけをするよ」といったように、お決まりのフレーズを伝え、実際に使えるように練習するところから始めるといいでしょう。やりとりに慣れてきたら、例えば、朝起きた時に「おはよう」と挨拶するのに加えて、「今日は良いお天気だね」と付け加えるといったように、その声かけに、さらにワンフレーズ付け加える練習をしていきます。こうすることで、より一層、広がりのあるやりとりを身につけていけます。


〈基本的な社会的能力に課題のあるケース〉のトレーニング例8

こんなとき、どうする? 対象:全年齢
自分が何かしらのミスをしてしまい、そのために相手を怒らせてしまうといった場面は、家庭や学校生活場面でよく見られます。そのような時、どうやって対処していけばいいのか、また、相手との関係をどのように立て直していけばいいのか、その方法について取り上げます。
少し対応が難しいストレス状況を想定して、どう乗り切るかを考えてもらうトレーニングです。コーピング力を高めるとともに、暗黙の社会的ルールを学ぶことになります。

【進め方のポイント】
まずはその子自身のこれまでの経験について振り返ってもらいます。そして、今まで自分はその状況をどのように対応してきたのか、うまくいかなかった体験がある場合には、なぜうまくいかなかったのかを、掘り下げて考えるところから始めるのも良いでしょう。そのうえで、トレーナーより、“そんな時には、こんな方法があるよ”“こんなことに気をつけるといいね”と、具体的に、対処の仕方について提案していきます。

【実際のトレーニング風景】
◎ 導入
〈Gくんさぁ、おうちとか学校で、“うわ、やばい!怒られそう!”って思ったこととかってない?〉
「えー、どうかなぁ?」
〈例えば、おうちで、ついついゲームに集中し過ぎちゃって、宿題がやれてなくて……。それでお母さんに怒られた……とか〉
「あぁ、そういうことかぁ。それだったらなぁ……。(思いついたように)あ、あった!弟とケンカしてる時に、お母さんとかお姉ちゃんに怒られる!」
〈そうかぁ。弟とケンカしてる時に、お母さんとかお姉ちゃんに怒られるのかぁ〉
〈Gくん、そうやって怒られた時とか、怒られそうになった時って、いっつもどうしてる~?〉
「“ごめん”って謝る!」
〈おぉ、そうよね。自分が悪かったなぁって思ったら、ひとまず謝るよね〉
「うん」
〈あとね、実はその謝り方にも、いろいろ大切なことがあるから、今日はそのお勉強をやってみようと思うんだよね〉
「へぇー」

◎場面で考える
設定場面 Gくんは、友達と3時に公園で待ち合わせをしていました。でも、Gくんは、お母さんとお買い物に行っていて、すっかりその約束を忘れてしまっていました。友達は怒って、公園で待っているかもしれません。こんな時、どうしたらいいですか? 

〈Gくん、この場面だったらどうかなぁ? もしGくんだったら、どうする~?〉
「えー、そうだなぁ……(しばらく考える)」
「わかった!そのお友達のところに行って、“ごめんね。お母さんとお買い物に行ってたんだよ。明日は絶対に3時に公園に行くね”って言う」
〈おぉ、なるほどね。お友達のところに行って、まず謝って、そのあと、明日の約束をするんだね〉
「そうそう」
〈たしかに、またお友達と遊びたいもんねぇ〉
〈でもね、“明日は絶対に3時に公園に行くね”って言っちゃうと、Gくんの気持ちだけを一方的に、お友達に伝えることになってしまってないかなぁ~?〉
「え?(不思議そうな表情を見せる)」
〈Gくんは明日の3時に遊べても、そのお友達は明日の3時に遊べるかどうか、わからないよね……〉
「あぁ、習い事とかあるかもしれないもんなぁ~」
〈そうそう。そうだよね〉
〈あとね、今回、遊ぶ約束を忘れちゃったのは、自分だよね?〉
「うん」
〈約束を忘れちゃった方が、相手のお友達の気持ちを聞かずに、“次はこうしよう!”って一方的に決めようとしちゃうと、どうかなぁ……? 相手のお友達も、“今日の約束忘れたの、○○くんの方なのに……”“ほんとにごめんって思ってるのかなぁ?”って思っちゃうかもしれないね〉
「そうか……」
〈だからね、例えば、“今日は約束、忘れちゃってごめんね”って、まずは丁寧に謝って、そのあとで、“僕、また○○くんと遊びたいんだけど、明日は遊べないかなぁ?”って、一回、相手のお友達の都合を聞いてみるといいね〉
「あぁ、そっかぁ」
〈どんな場面でもね、もし何か自分のミスで、相手の人を怒らせちゃった時は、まず丁寧に謝ることね。そのあと、自分がどうしたいのかっていうことを、きちんと伝えられるといいね〉
「うん、わかったー」

◎ロールプレイ
気づいたこと、学んだことを、実際にロールプレイで実践して、定着をはかります。


〈基本的な社会的能力に課題のあるケース〉のトレーニング例8

言っていいことと、悪いこと 対象:全年齢
日常生活場面には、「暗黙の了解」として理解されている事柄がたくさんあります。しかしながら、相手の立場に立って考えたり、相手を思いやる力に弱さが見られると、こうした「暗黙の了解」もなかなか習得しづらいものです。ここでは、「暗黙の了解」とされている事柄を理解し、日常生活場面へと活かしていくためのトレーニングを紹介します。

【実際のトレーニング風景】
場面設定 アキちゃんは、ナツコちゃんのお母さんのことを見て、“ナツコちゃんのお母さんって太ってるね”と言っています。この状況について、どう思いますか?

◎導入とコーチング
〈Aちゃん、こんな時さぁ、ナツコちゃんとか、ナツコちゃんのママはどんな気持ちになっただろう~?〉
「えー、わからない……。別に何も思わないんじゃない?」
〈何も思わないかぁ~〉
「うん。私だったら、何も思わないと思うよ!」
〈人と人が関わる時ってね、言っていいことと、言わない方がいいことがあるんだよね〉
「へぇ~」
〈例えばさぁ、言っていいことってどんなことだろうねぇ?〉
「楽しいこととか、うれしいこと?」
〈そうだねぇ!自分も相手も、お互いに楽しい気持ちとか、うれしい気持ちになれることは、いっぱいお話できたらいいねぇ!〉
「うん。“遊園地に行った!”とか」
〈そうそう。楽しい出来事のお話とかね!あとは例えば、“その洋服、可愛いね!似合ってるね!”とか、“さっきの国語の発表、上手に出来たね!”とか〉
「うん、うん」
〈じゃあさぁ、反対に言わない方がいいことってどんなことだろう?〉
「○△□!」
〈そうよね。Aちゃん、クラスの男の子から、“○△□”って呼ばれて、悲しい気持ちになるって、前に言ってたよね〉
「うん。すっごく嫌!」
〈そうそう。言われた人が、悲しい気持ちになったり、イライラしたり、嫌な気持ちになったりすることは言わない方がいいよね〉
「うん」
〈じゃあ、そういう言葉って他に、例えばどんなのがあるかなぁ?〉
「わからん……」
〈例えば、今、お話している、“太ってる”っていうのもその一つなんだよね〉
「え、そうなの?」
〈うん。太ってるとか、背が低いとか、体型のことは、けっこう気にしてる人が多いんだよね〉
「へぇ、そうなんだ」
〈だからね、もし、“この人、太ってるなぁ”とか、“小さいなぁ”って思ったとしても、それをそのままその人とか、その人の家族には言ったりしない方がいいね〉
「そうかぁ」
〈他にも、例えば、“走るの遅いね”とか、“その服、似合ってないね”とか、“変な髪型”とか……〉
「言っちゃいけないことって、いっぱいあるんだね」
〈うん。ついつい言いたくなっちゃうことってあるけど、でも、そのことを気にしてたり、言われて傷ついたりすることってけっこうあるから、それは気をつけないとね〉
「うん、わかった!」

◎応用練習とロールプレイ
さらにレベルを上げたトレーニングとしては、同じ事実を言うのでも、相手を傷つけない言い方ができないか、考えてもらうことも、社会的センスを磨くことにつながるでしょう。
 先ほどの例でいえば、太っているという事実に対して、触れないということも一つですが、もっと思いやりのある言い方はないか、一緒に考えてみるのです。友達の算数のテストの成績が、自分より悪いと知ったとき、どんなふうに言えば、相手を傷つけない言い方ができるかとか、鉄棒で逆上がりができないお友達に、どんな言葉をかけたらいいかなどについて、考えてもらい、ロールプレイで定着を図ります。

【うまくいく秘訣と工夫】
「暗黙の了解」を伝える時は、ただ、「○○は言ってはいけない」と教えるのではなく、できるだけ丁寧に、具体的な場面やその理由も伝えていくことが大切です。そのルールが作られている背景や意味をきちんと伝えることで、その子の理解は深まり、実際の生活場面へと取り入れていきやすくなります。


7.実践的な社会的スキルを伸ばすトレーニング

〈実践的な社会的スキルに課題のあるケース〉のトレーニング例1

上手な誘い方を考えよう! 対象:全年齢
場面を設定した、実践的なソーシャルスキルズ・トレーニングの一つです。遊びや登下校など、友達に何かを誘いかける際の声のかけ方や、そのタイミングについて練習します。

【進め方のポイント】
「誘う側」と「誘われる側」、それぞれの立場に立ちながら進めていくことで、どんな声かけであれば、お互いが気持ちよく、納得したかたちで、誘ったり、誘われたりできるかということを考えていきます。

【実際のトレーニング風景】
Aちゃんは小学校二年生。幼稚園の頃から、人の話が聞けなかったり、静かな場所でいきなり大声を出すなど場にそぐわない行動が目立ちました。小学校入学後も、授業中に突然大声で話したり、思ったことをストレートに言い過ぎて友達と衝突することもしばしばでした。
Aちゃんとは、約一年半、月に三~四回の頻度でトレーニングを続けています。初めの頃は、なかなか他者視点をもてず、トレーナーが「それを言われた相手はどんな気持ちかなぁ?」と訊ねても、「わからない!」という答えしか返ってきませんでした。しかし、トレーニングを重ねていく中で、込み入った状況や、微妙な言葉のニュアンスも、少しずつ読み取れるようになっています。そんなAちゃんとのトレーニングの一例です。

◎場面設定と導入
場面 放課後、サクラちゃんはモモちゃんに「今日、一緒に帰ろう!」「私、今日、本当はユキちゃんと一緒に帰ろうと思ってたんだけど、ユキちゃんがいないから、モモちゃんとしかたなく一緒に帰ってあげるよ~」と言いました。

〈今ね、学校が終わって、これから帰ろうとしてるところなんだけどね、サクラちゃん、本当はユキちゃんと一緒に帰ろうと思ってたんだって〉
「うん」
〈でも、ユキちゃんが先に帰っちゃったみたい……〉
「ふーん。それでサクラちゃんはモモちゃんのことを誘ったんだね」
〈そうそう〉
「だったらそれでいいじゃん!」
〈そうね。でもね、このお話、一つ考えたいことがあるんだよね……〉
「何?」
〈サクラちゃん、モモちゃんに“ほんとはユキちゃんと一緒に帰りたかったんだけど、ユキちゃんがいないから、モモちゃんと一緒に帰ってあげてもいいよ~”って言ったんだって〉
「へぇ~」
〈この言い方ってどうかなぁ?〉
「うーん、別にいいんじゃない?」
〈もしAちゃんだったらどう?“ほんとは○○ちゃんと一緒に帰りたかったけど、○○ちゃんがいなかったから、Aちゃんと帰ってあげてもいいよー”って言われるの……〉
「あぁ~、やっぱり、それ、何か嫌だ」
〈うん、うん。そうだよねぇ。何か嫌な感じがするよねぇ〉
「うん」
〈何でだろう? 何で嫌な感じがするんだろうねぇ?〉
「うーん、それはわからない!」
〈この言い方だとね、何かしょうがなく、嫌々一緒に帰ってあげてるって感じがしない?〉
「うん、そんな感じ! それだったら、一人で帰ればいいのに……」
〈そうそう。たしかに、“そんな言い方するんだったら、一人で帰ればいいのに”っていう気持ちになるよね……〉
「うん。私だったら、もし○○ちゃん(Aちゃんの友達)がいなかったら、一人で帰るよ!」
〈おぉ、そうか、そうかぁ~〉

◎コーチング
〈お友達を誘うことって、いろんな場面であると思うんだけどね……〉
「クリスマス会とか?」
〈そうそう。Aちゃんもこの前、お友達とクリスマス会、やったんだよね?〉
「うん」
〈他にも、例えば学校の休み時間とか、放課後遊んだりする時とか、いろいろあるよね〉
「うん」
〈そういう時にね、誘ってもらう方が、“誘ってもらえてよかった”“誘ってもらえてうれしいな”って、気持ちよく、その誘いを受け取れるような誘い方ができることって大事よね〉
「そうだねー。だってサクラちゃんみたいな言い方だったら、行きたくなくなるもん」
〈そうだよね。誘ってもらっても、全然うれしくないよね〉
「うん」
〈じゃあ、サクラちゃんはモモちゃんに何て言って誘えばよかったんだろうねぇ?〉
「ユキちゃんのことは言わなくていいんじゃない?」
〈そう!Aちゃんばっちり! ユキちゃんのことは、わざわざ言わなくていいよね〉
「うん。普通に、“一緒に帰ろう”って言えばいいじゃん!」
〈そうそう!それだったらモモちゃんも、“うん、いいよ!一緒に帰ろう!”って思えるよね〉

◎ロールプレイ
実際に学んだことをロールプレイで実践し、定着化をはかります。慣れてくると、少し違う場面を追加して、即興で応用してもらってもいいでしょう。

【うまくいく秘訣と工夫】
お友達を遊びに誘ったり、一緒に下校しようと誘ったりする場面は、日常生活の中でよく遭遇するものです。しかし、それが一方的になったり、言葉の使い方を誤ってしまうと、相手を困らせたり、時には不快にさせてしまうこともあります。言葉の選び方や、誘いかけるタイミングについて、一つ一つ丁寧に、具体的に教えていきます。

〈実践的な社会的スキルに課題のあるケース〉のトレーニング例2

友達を傷つけずに反対意見を述べる 対象:全年齢
場面を設定して、コミュニケーションスキルを学ぶトレーニングの一つです。友達の意見に対して、相手を傷つけることなく反対意見を述べるという難しい課題ですが、よく遭遇する問題なので、実際にそうしたトラブルや悩みがあったときに、取り上げるといっそう関心も強まり効果的でしょう。

【進め方のポイント】
友達の意見に対して反対意見を述べるというのは、勇気の要ることです。「こんなことを言ったら、友達に嫌われるんじゃないか?」「相手が怒り出すんじゃないか?」と不安になって、なかなか反対意見を言えない子も多くいます。
まずは、そうした不安や心配を受け止め、理解を示すことが大切です。そのうえで、言い方さえ工夫すれば、相手を傷つけたり、怒らせてしまうことなく、自分の気持ちや考えを伝えられることを教えてあげるとよいでしょう。

【実際のトレーニング風景】
Bくんは小学校三年生。幼少期から友達の輪の中に入ることが苦手で、一人で遊んでいることが多かったといいます。小学校入学後も友達関係を築くことに消極的で、自分の気持ちや考えを主張することにも不安や緊張を感じやすく、自分から口を開くことはほとんどありませんでした。
Bくんとは、約一年半、月に一~二回の頻度で、トレーニングを続けています。最初の頃は、自分の気持ちを伝えることができないため、学校でも、嫌なことを嫌だと言えず、我慢をして相手の意見に合わせてばかりでした。そんな自分自身に歯がゆさを感じたり、苛立ちを憶えることも多く、自己否定的になってしまうところもみられました。上手に自己主張できることが自信にもつながると考え、行ったトレーニングの一例です。

◎場面設定とコーチング
場面 学級会でお楽しみ会の出し物を決めます。たくやくんが、「一人一人、かくし芸をしようよ!」と提案しました。他のみんなも、「面白そう!」「それ、いいねぇ!」と賛成しています。でも、さとしくんは、「かくし芸は恥ずかしいから、他の出し物がいいなぁ」と思っています。
〈Bくん、この場面、どう思う?〉
「わかる、わかる~!こういうことって、よくあるよね~」
〈Bくんも同じような状況になったことがある?〉
「あった気がする。あんまり覚えてないけど……」
〈そうか、覚えてないかぁ。じゃあさぁ、例えばBくんだったら、この場面でどうするかなぁ?〉
「僕もかくし芸、やりたくないけど……。マジックとかの方が面白そうじゃん!」
〈おぉ、なるほどね! マジックかぁ~、面白そう!〉
「うん。でも、それは言わなーい!」
〈言わない?〉
「だって、他のみんなも“かくし芸でいい”って言ってるんでしょ?」
〈そうだねぇ〉
「それだったら、みんなに合わせた方がいいじゃん!揉め事になったら面倒くさいし……」
〈そうかぁ。揉め事になるのが嫌かぁ〉
「うん」
〈たしかにね。揉めたら嫌だなぁって思うのは、すごく自然なことだよね。でもね、例えばどんな時でも、自分の気持ちを我慢したり、他の子に合わせてばっかりだったらどう?Bくん、つまんなくない?〉
「まぁそうだね……」
〈そうよねぇ〉
〈他のお友達の考え方に反対の意見を持った時もね、言い方さえ気をつければ、相手に嫌な気持ちをさせたり、怒らせちゃったりせずに、その子の意見に反対することってできるよ〉
「へぇ~」
〈まずはね、お友達の意見の良いところを言ってみようか〉
「“かくし芸は楽しくていいんじゃない?”とか……?」
〈そうそう!ばっちり!そんな感じで、まずはお友達の意見を認めてあげられるといいね〉
「うん」
〈その次に、お友達の意見の良くないところを言ってみようか〉
「えー、わかんない!」
〈ちょっと難しいね……。何て言えばいいか困っちゃうね〉
「うん」
〈例えば、“一人で発表するのが苦手な人もいると思うよ”とか、“僕も一人で発表するの、どうしても恥ずかしいんだよねぇ~”とか……〉
「あぁ、そうかぁ」
〈そうそう。それで最後に、自分の意見を言えたらいいね〉
「“だからマジックがやりたいです”って……?」
〈うん。ばっちり、ばっちり! こうやってね、お話する順番をよく考えて、落ち着いて伝えたら、みんなもBくんの意見をしっかり聞いてくれると思うよ。それに、揉め事になることもなく、みんな、穏やかに話し合いができるんじゃないかな?〉
「そうだね~!」

◎ロールプレイと応用
あるテーマ(ここでは、お楽しみ会の出し物を決める場面)について、このように一通りの流れが確認できれば、次はいま学んだことをもとに、他の場面を仮定し、ロールプレイをやってみます。まず知識を取り入れること、さらに、その知識を実際に使ってみることで定着しやすく、自信にもつながります。

以前は、〈Bくんはどう思う?〉〈Bくんだったらどうかなぁ?〉と、Bくんに意見を求めたり気持ちを訊ねても、困った表情になり、「わからない」「え~?」と言うだけでした。しかし、最近は、自分なりに考えを深めたり、自分の意見を述べることも、少しずつできるようになってきています。
それでも、やはり対立や葛藤を避けたいという気持ちが強く、実生活場面では諦めたり、譲ったりと、どうしても消極的になりやすい傾向が見られます。今後は、自分の意見と他者の意見との間で、うまく折り合いをつけられるようになることを一つの目標としています。
 
【うまくいく秘訣と工夫】
どのような言い方であれば、相手を傷つけることなく、自分の意見を言えるのか、具体的に例を挙げながら考えていきます。子どもが「この言い方でいいだろうか?」「本当に相手を傷つけないだろうか?」と不安を感じているようであれば、「○○くんは、その言い方をされたらどんな気持ちになるかなぁ?」と、自分自身に置き換えて考えてみるのも有効な方法です。

〈実践的な社会的スキルに課題のあるケース〉のトレーニング例3

友達と意見が異なったとき 対象:全年齢
自分の意見と相手の意見が異なったときに求められる、「交渉スキル」を身につけるための実践的なトレーニングです。実際にあった出来事を話してもらうところから導入し、対処法について話し合う形で進めていきます。最後に、ロールプレイをして新しいスキルを身に付けます。

【進め方のポイント】
自分の意見と相手の意見が異なったとき、子どもたちは、ついつい自分の主張を押し通そうとしたり、逆に自分の考えや気持ちを言えずに我慢し、相手の主張を受け入れてばかりになってしまいがちです。
自分の意見と相手の意見が異なったときには、お互いの意見を尊重し、受け止めていくこと、さらにそのうえで、お互いが納得のいく方法や手段を考えることが大切だということを、伝えるとよいでしょう。

【実際のトレーニング風景】
小学三年生のRちゃんは、一年程前に、学校に行こうとすると失禁してしまうということで相談にこられましたが、いまはそうした問題はなくなっています。今の課題は、友達と上手くかかわれないということで、相手の気持ちを読み取ったり、合わせたりするのが苦手です。
ある日、Rちゃんは、「R、おうちで○○ちゃん(お友達)と遊んでる時に、何して遊ぶかで言い合いになっちゃって。それで、R、○○ちゃんに怒っちゃった……。○○ちゃん、そのまま帰っちゃった……」と話し始めました。
そこで、自分から打ち明けてくれたエピソードを、掘り下げるところから始めることにしました。
 
◎導入とコーチング
〈その時、Rちゃんは何をして遊びたかったの?〉
「Rはお人形で遊びたかってん」
〈そうかぁ。Rちゃんはお人形で遊びたかったんやね。じゃあ、○○ちゃんは何がしたかったのかなぁ?〉
「お絵かき」
〈そうか。○○ちゃんはお絵かきがしたかったんや。お互いに遊びたいことが違ったんやね。それで、Rちゃんはどうしようと思ったの?〉
「Rはお人形で遊びたかったから、“お人形遊びするで!”って言って、お人形の用意をしてん。そしたら○○ちゃんは、“お絵かきがしたい!”って言って、全然、お人形遊びの準備、してくれへんかってん……」
〈なるほどね。それで、そのまま○○ちゃんは帰っちゃったのか……〉
「うん、Rのママが、“ごめんね”って言って謝って、それで○○ちゃんに帰ってもらうことになった……」
〈そうかぁ。Rちゃん、その時、どんな気持ちやった?〉
「Rはお人形で遊びたかってん……」
〈そうやんね。でも、○○ちゃんはお絵かきがしたかったんやね……〉
「うん」
〈自分がやりたいことと、お友達がやりたいことが違った時って、どうしたらいいのかなぁ? Rちゃん、その時のことを振り返って、今やったらどうするかなぁ~?〉
「ごっこ遊びの中でお絵かきしたら良いと思う」
〈おぉ、なるほどね!〉
「だって、いつも先生(トレーナー)ともそういうことするやろう?」
〈確かにね。学校ごっこをする時とかも、“休み時間にお絵かきして遊ぶ”っていうの、やったりするもんね〉
「うん、そう、それ!」
〈Rちゃんは、○○ちゃんとも、そうやって遊べばいいと思ったんやね〉
「うん」
〈そのこと、○○ちゃんはわかってたかなぁ~?〉
「うーん……(苦笑い)」
〈○○ちゃんは、お絵かきだけをしたかったのかもしれないねぇ〉
「うん、たぶんそうやと思う……」
〈じゃあ、どうしよう……?困ったねぇ……〉
「うーん……」
〈そういう時はね、例えば交代で遊ぶっていう方法があるんじゃないかなぁ?〉
「あぁ、そっか!先にお人形で遊んで、そのあと、お絵かきすればいいのか!」
〈そうそう。いい感じ!そうしたら、お互いにやりたいことができるもんね!〉
「うん」

◎ロールプレイと応用練習
学んだことを実際に使って、ロールプレイを行います。少し違う場面で、応用することにもチャレンジするといいでしよう。

【うまくいく秘訣と工夫】
何かトラブルや葛藤が生じた時、子どもたちは、「私は○○がしたかった」と、どうしても自分の視点のみで物事を考えがちです。その時、「○○ちゃんは○○って思ったんだね。でも、その時、□□ちゃんはどう思っていたんだろうね?」と、相手の視点に立って考えるきっかけを与えてあげられるとよいでしょう。その子が相手の立場に立って考えることが難しい時には、「お母さんだったら、こんなふうに思うかな」「例えばこんなふうにも考えられないかなぁ?」と、具体的に例を挙げてみてあげるとよいでしょう。

〈実践的な社会的スキルに課題のあるケース〉のトレーニング例4

作戦会議 友達とのトラブルを解決する 対象:全年齢
対人関係にトラブルはつきものです。低年齢のころは、多動や衝動性による対人トラブルが多いですが、小学校3~4年くらいから、クラスにもグループができたりして、友人との対人関係も難しさを増し、些細なことから対立や孤立するという事態にもなりやすいと言えます。
そうした実際のトラブルに対処する方法を考えながら、社会的スキルを高めていくトレーニングです。したがって、実際に問題が起きたときに、取り上げます。

【進め方のポイント】
実際に、子どもはその状況に傷ついていることも多く、自分から問題を打ち明けられないことも少なくありません。まず、本人が困っている状況を気軽に話せる関係を築いておくことが第一です。そのためには、良いことだけでなく、うまくいかなかったことや、つらかったことも話せるような「安全基地」としての存在となることです。感情的になったり、誰かを責めたり、過剰に心配したりという反応はマイナスですし、問題解決の方法や結論を一方的に押し付けたりすると、「話さなければよかった」ということになってしまいます。
まず、共感しながら、その子の気持ちを受け止めるとともに、事態を冷静に把握することから始めましょう。そのうえで、まず、どういうことが起きているのか、事実を整理します。そして、本人が悪く思いすぎていたり、誤解していたりする点については、「実際は、~ということかもしれないよ」「相手は、~という気持ちだったのかもしれないね」と、受け止め方の修正を試みます。そのうえで、本人がどうしたいのかに耳を傾けつつ、「~するという方法もあるよ」と、問題解決に向けた提案を行い、最終的には、本人に決めさせます。
トレーナーが行う場合には、親側の理解やサポートも重要になるので、本人との話し合いについて、共有するようにします。ただ、親には知られたくないという場合もあり、その場合は、親にも知ってもらっておいた方がいいので、説明しておくねと、本人の了解をもらったうえで、お知らせするのが原則です。

【実際のトレーニング風景】
小学四年生のNちゃんは、元来、コミュニケーションが苦手で、人前での緊張が強い子です。低学年のころには、友達もなかなかできず、休み時間も一人ぼっちで過ごすことが多かったのですが、小学二年の途中からトレーニングを始め、訓練を積み重ねる中で、発表したり、友達に話しかけることもできるようになり、小学三年のころからは、学校の友達とも遊べるようになりました。
ただ、その一方で、友達付き合いが濃くなるにつれ、友達間でのトラブルに巻き込まれることもみられるようになっています。あまり器用に立ち回ることができず、友達の発言を真に受けて、その友達に同調して他の子の悪口を言っているうちに、いつのまにか、はしごを外された形で、Nちゃんだけが、その子の悪口を言っていたように伝えられ、浮いてしまうということがあり、せっかく楽しかった学校が、最近はまた行きづらくなっていました。
そのことを、涙ながらに打ち明けてくれた後のやり取りを紹介します。

〈そうだったんだ。じゃあ、Nちゃんも、元々その子のことを悪く思っていたというよりも、そのお友達に合わせて、言っていただけなんだ〉
「Kちゃんが、Uちゃんのこと、すごく嫌そうに言うから、そんなに嫌なんだと思って、Nも嫌いだって言っただけ……」
〈そこだけを、NちゃんがUちゃんの悪口言っていたって、言われちゃったのか……〉
「Kちゃんは、Uちゃんだけを誘って、遊びにいっちゃった……」
〈そうか。それは、つらかったね〉
 さらに背景を聞くと、Kちゃんの態度の変化には、どうやら伏線があったことがわかりました。授業中に、Nちゃんは、Kちゃんから、今度一緒に遊ぼうと話しかけられたのですが、生真面目なNちゃんは、何も答えずに黙っていたのです。どうやらその辺りから、Kちゃんの態度が変わり、Nちゃんをのけ者にして、Uちゃんとくっつき始めたようです。
〈もしかしたら、Kちゃんは、話しかけたとき、Nちゃんが何も答えなかったのを、無視されたと思って、腹を立てたのかもしれないね〉
 と、トレーナーが状況を解説すると、Nちゃんはハッとしたように、
「でも、授業中だったから……」
〈そうだよね。Nちゃんとしては、困っちゃうよね。でも、Kちゃんは、それがわからなくて、ただ自分が無視されたと思ってしまったのかも。すぐ後で、『さっきは授業中だったので、返事ができなくて、ごめん』とか言っておけば、誤解されないですんだかもしれないね〉
 Nちゃんも、Kちゃんの態度が急に変わったわけが納得できたようです。
 しかし、大事なのは、これからの対応です。〈どうしたい?〉と、訊ねると、
「また、仲良く遊びたい」と答えます。
 大きな方針がはっきりしたところで、
〈よし。じゃあ、これから作戦会議をして、そうなる方法を考えよう〉と、トレーナーが言うと、Nちゃんは少し元気を取り戻しました。
 その後、いろいろ話し合った結果、まずKちゃんの誤解を解いて、Nちゃんの気持ちを伝えてみようという結論になりました。直接では、上手に説明できる自信がないというので、手紙を書いて伝えてみることになりました。
 状況をお母様に伝え、担任の先生にもお母様から連絡をとってもらい、様子を見守ってもらうということになりました。
 手紙を渡した翌日、Kちゃんから返ってきた返事には、自分も悪かったと謝り、「また一緒に遊ぼうね」と書かれていたのでした。その後、Uちゃんにも謝ることができたそうです。

思春期に入る頃から、子どもは自分が拒否されることに過敏になり、求めている相手でも、思いがうまく届かないと、逆に拒否することで、自分のプライドを保とうとしたりします。そうした反応に戸惑わされ、お互いに傷つくことも多くなるのですが、その行動の裏にある気持ちを汲み取った対応を学ぶことで、心の成長を遂げていくことができます。

〈実践的な社会的スキルに課題のあるケース〉のトレーニング例5

意見をまとめる 対象:全年齢
グループで行うセッションでは、実際に対人間の葛藤や対立が生まれるので、それをより実践的に扱うことができます。そうした点は、グループで行う優れた点です。ご家庭で行う場合は、きょうだいに参加してもらったり、お友達にも参加してもらうと、よいでしょう。

【実際のトレーニング風景】
グループ・セッションの最後にある〈お楽しみタイム〉を迎えています。この時間は、参加者の希望することができるので、子どもたちにとっては、楽しみな時間ですが、意見の対立も生まれやすいと言えます。

〈最後10分のお楽しみタイムだよ。今から相談して、遊びを決めましょう。みんな一緒にできる遊びね〉
「やったー。僕は○○がしたい」[私は△△がいい]
〈どうしようか?〉
「じゃんけんは?」
〈いいね。他のやり方はある? Bちゃんはどう?〉
[半分ずつにしたら……]
〈いいね。まだあるかな〉
[くじとか]
〈うんうん〉
〈決め方については、たくさんアイデアがでたね。どれもいいね。じゃあその前に、なぜその遊びがいいと思ったか理由話してみようか。相手がそのゲームをしたくなるようにアピールポイントを話してあげて。もしかしたら、やりたくなってくるかもよ〉
「○○は、みんなやったことあるし、一緒にできるゲームだし」などとそれぞれ理由を話します。
〈おもしろそうだね。気持ちが揺れ動いたかもよ。今度はそれがやりたくない理由があれば話してみて〉
[ルール覚えていなくて……]
「それなら大丈夫。僕が教えてあげるで」
お互いが納得し、今回はAくんがしたいと言ったものになる。
[今度するときは、私が言ったやつをしたいな]
「いいよ。次の自由時間はそれにしよう」
〈そうしよう〉

【うまくいく秘訣と工夫】
まずはそれぞれがしたいものについて、意見を出し合います。次に限られた時間内で、みんなで一緒に遊べるものを考えます。それぞれがしたい遊びの理由や長所を説明し合い、相手が納得する条件をあげます。そのうえで、納得できる決め方を相談します。対立から統合というプロセスを体験することは、共感能力を高めたり、交渉の仕方を学ぶことに役立ちます。こうした効果が狙えるので、ときどき自主運営の時間を設けるとよいでしょう。


8.プランニングや統合能力と高めるトレーニング

〈プランニングや統合能力に課題のあるケース〉のトレーニング例1

ピタゴラスイッチ遊び 対象:四歳以上
Eテレに、『ピタゴラスイッチ』という番組の中に、「ピタゴラ装置」というからくりが登場する人気コーナーあります。このプログラムは、「ピタゴラ装置」のような仕掛けを、ビー玉の通り道を、積み木やレールを組み合わせて作る遊びです。出来合いのセットではなく、何種類もの積み木や金属の材料、レールなどを組み合わせて作り上げます。『クーゲルバーン』(球の道路という意味)というドイツ製のおもちゃを組み入れると、仕掛けが作りやすいでしょう。
最初は、一人で自由に作るところから始めるとよいでしょう。うまくビー玉が転がるかを、楽しみます。そのうち、トレーナーと協力して作ったり、予め図面や絵(完成予想図)を描いて、それに基づいて作るといったことも試みると面白いでしょう。
それ以外にも、積み木やレールで一緒に街を作ったり、理想のおうちを作ったりするのも、プランニングや構想力を刺激しますし、ともに一つのものを製作する楽しさを味わうことにもつながります。

【実際のトレーニング風景】
W君は、幼い頃から言葉の遅れがあり、話すのが苦手な小学二年生の男の子です。自分の興味のある電車の話などを一方的にするものの、友達との会話や遊びが成立しにくい状態でした。
『ピタゴラスイッチ』の話をする中で、一緒に作ってみようかと持ちかけると、W君も「やりたい」ということになりました。それまで、ブラレールやクーゲルバーンで遊んだことはありましたが、大掛かりな仕掛けに挑戦したことはありませんでした。
いきなり作り出すのではなく、まず、ホワイトボードに、おおよその図面を描くところから始めました。W君もアイデアを出し、どんなふうにするかというイメージを練り上げるのに、一回分のセッションを使いました。一応イメージが出来上がりましたが、W君は満足ではなかったらしく、次にやってきたとき、自分で考えたという別の仕掛けを提案してくれました。
そのアイデアも取り入れ、いよいよ制作にとりかかりましたが、その後も、W君は新しいアイデアを、何度も引っ提げてきたので、完成するまでに何週間もかかることになり、その間、プレイルームの一角は占領されることになりました。しかし、他の子どもたちも、興味津々の様子で、出来上がりぶりを眺めていました。
完成したときには、W君はとても大きな達成感を味わったようですが、その間夢中になって一緒に制作したことで、トレーナーとの距離がぐっと近づき、自分からよく話してくれるようになりました。


〈プランニングや統合能力に課題のあるケース〉のトレーニング例2

勉強の計画を立てる 対象:小学高学年以上
小学校までは、単元ごとにテストがあり、宿題をきちんとしていれば、テストも何とかなります。しかし、中学に入ると、学期に二回しかない定期テストは、範囲も広く、宿題をしているだけでは対応しきれなくなります。そこで求められるのが、計画を立てて学習するという力です。大きな試験になればなると、こうした能力が必要になってきます。限られた時間の中で、範囲全体を一通りやりこなすとともに、自分の弱いところに効率よく時間をかける必要があるからです。
プランニングの能力が低く、場当たり的な勉強しかできない子では、能力自体が優れている場合でも、中学に入った頃から、成績が伸び悩みやすいと言えます。また、こうした子では、勉強法がわからず、非効率的な散漫な学習しかできず、効果が上げられないということになりがちです。塾や家庭教師にばかり頼っていると、かえってそうした力が身につかず、小中は乗り切れても、高校大学と進んだ段階で壁にぶち当たることになります。早くからこうした能力を身に着けることが大切です。
そこで、計画的な学習が苦手な子のために、一緒に学習の計画を立て、またその子に合った学習法を考えるというのが、このプログラムです。

【進め方のポイント】
中間試験や期末試験など、目標となる試験に向けて学習計画を立てます。慣れていない子のために、カードを使って計画を立てる方法です。

① まず、「次のとき、勉強の計画を一緒に立てようか」と、あらかじめ声をかけておき、試験範囲がわかるプリントや教科書、ワークブックなどを用意してもらいます。
② 試験日までの残り日数と一日の勉強時間から、全部で何時間の勉強時間がとれるかを、おおよそ把握します。逆に言えばそれだけの時間しかないということです。「この時間をどう使うかが大事だね」と話します。
③ 4センチ×5センチくらいの大きさに切ったカードを、一時間につき一枚として、全勉強時間数分だけ用意します。一時間では長すぎて集中が続かないという場合は、三十分または四十分を一単位にすることもできます。
④ カードを、科目ごとにおおよそ配分します。
⑤ 各科目について、やるべき学習内容を、優先順位の高い順にカードに書き込んでいきます。一枚のカードには、科目名と、一時間(三十分まはた四十分)の勉強で行える学習内容(問題集、プリントのページ、どんな勉強をするかなど)を記入します。このとき、学習法についての助言に行います。
⑥ 時間が足りないことが明らかになるかもしれませんが、その場合は、勉強時間を増やすか、やることを絞り込むか、他の科目から時間を融通するか、対応を考えます。
⑦ カードへの記入が終われば、それを日付ごとに並べ、スケジュールを組みます。出来上がれば、ノートか用紙に書き写して、学習計画表の完成です。並べたカードを、そのまま用紙に張り付けて、計画表にしてもいいでしょう。

【実際のトレーニング風景】
S君は、小学時代には多動や不注意が目立ち、また友達の輪に入っていくのが苦手な子でした。そうした問題の改善のため、相談に来られたのですが、家庭の支えや学校の先生の理解もあり、小学校を卒業するころには、行動の問題はあまり目立たなくなっていました。コンピューターが得意で、独学でプログラミングの勉強をして、ホームページや簡単なアニメーションを作ったりしていました。
しかし、中学に入って、一時成績がふるわくなり、ご両親も心配しました。小学校までは、ほとんどテスト勉強をしなくても、何とかなっていたのですが、中学ではそのやり方が通用しなくなっていたのです。理由は、テスト範囲が、小学校までとは比較にならないほど広くなり、しかも覚えなければならない知識も格段に増えたことでした。
そこで、学習の計画をしっかり立てることにしました。本人の話では、今まで一度も計画というものを立てたことがなかったといいます。
出来上がったスケジュール表を、S君はエクセルの表にして管理するようになりましたが、驚くほどきっちりと計画した学習をこなしました。成績はみるみる改善し、二学期では、クラスで上位の成績になり、三学期には、クラスでトップ、学年でも二位の成績に躍り出ました。その後、学年トップの成績を続け、本人は公立高校に進む予定だったので、特別な受験塾に通ったわけでもないのに、試しに受けた有名進学校にあっさり合格したのでした。潜在的な能力も高かったのでしょうが、計画的に学習することが、本人の能力開花につながった好例です。




9.行動や情緒のコントロールを高めるトレーニング

〈行動や情緒のコントロールに課題のあるケース〉のトレーニングの例1

イライラをコントロールする 対象:全年齢
何か困ったことがあった時や、自分の思い通りにいかない時、どうしてもイライラしてしまい、さらにその気持ちをうまくコントロールできずに、人やモノにあたってしまうような子が多くいらっしゃいます。
 イライラした時に、自分の気持ちや行動をコントロールする力を高めるためのトレーニングです。

【進め方のポイント】
①まずイライラしやすい場面や、イライラしてトラブルになったエピソードを思い出して語ってもらいます。
②原因やきっかけ、そのことをどう思ったか、どういう反応が起きたか、それにどう対処しているか、などについて話し合ったり、教示したりします。
認知療法的なアプローチにおいても、イライラする気持ちを共感的に受け取め、困ったことを気軽に話せるという安心感が大切です。イライラすることが、いけないことのように言ったり、「そこがダメなの」というような否定的な言い方は禁物です。
イライラした時、どうすればうまく対処できるのかについて、いくつか具体例を提示しながら、その子と一緒に考えていけると良いでしょう。

【実際のトレーニング風景】
Dくんは小学校三年生。幼少期から、些細なことでも傷ついてしまう過敏な傾向がありました。小学校入学後も、怒られたり悪い点を指摘されたりすることに過度に敏感で、そのような状況に置かれると、自分の感情をコントロールできなくなり、パニックになってしまいます。
Dくんとは、約一年半、セッションを続けています。セッションを始めた頃は、自分の気持ちや考えを言語化することが難しく、そのため感情が暴発してしまうこともしばしばでした。しかし、最近は自分の気持ちや考えを言葉にすることができるようになるとともに、「これくらいなら大丈夫!」「そんなに難しく考えなくても、何とかなる!」と、前向きに気持ちを切り替えれることが増えています。
次は、そんなDくんとのトレーニングの一例です。

◎導入、振り返り
〈Dくん、最近、何かイライラするなぁ~って思ったこと、ある?〉
「うーん……。R(妹の名)とはいっつもケンカしてるけど……」
〈そうかぁ。どんなことでケンカするの?〉
「僕のおもちゃを勝手に使ったり、壊したりするんだよねー」
「そんなときどうするの?」
「〝こらー!〟って言う時もあるよ。それで、ママに僕が怒られて……」
〈そうか。じゃあさぁ、どうやったら、イライラの気持ちを上手に表現したり、発散させたりできるかなぁ~?〉
「えー、わかんなーい」
〈イライラを上手に表現する方法、実はいろいろあるよ!一緒に考えてみようか!〉

◎心理教育と認知行動療法的アプローチ
ここでトレーナーより、イライラを抑えたり、イライラを発散させる方法を具体的にいくつか紹介します。
例)ゆっくり十数えてみる。
お腹に手を当てて、深呼吸する。
その場所を離れる。
頭の中でイライラの蓋を閉めたイメージをする。
   気持ちが落ち着くツボをマッサージする。
枕やクッションをサンドバッグのように叩く。

〈Dくんはどれが、いいなって思うかなぁ~?〉
「僕、いっつも嫌なことがあったら、トイレに逃げてるよ」
〈おぉ、そうなんだ!良い方法だね!トイレに逃げたら、気持ち、どう?〉
「一人になって、落ち着かせるんだよね。そしたらちょっとすっきりする感じ!」
〈いい方だね〉
「あと、布団にパンチしたりもよくするよ!」
〈それもいいね!布団にパンチだったら、誰も痛い思いしたり、嫌な気持ちになったりしないしね!〉
「今度、教えてもらったほかのやり方もやってみる」
〈そうだね。やってみて。あとね、普段から“自分はどんな時にイライラしやすいか”と知っておくといいかもしれないね。Dくんは、どんなときにイライラしやすい?〉
「自分のものを勝手に触られたり、場所が変わっていたり……」
〈そうだったね。Dくんは、とてもきっちりしてるんだね〉
「いつもそのことで、Rとケンカになる。ママはRばっかり、かばうし……」
〈そうか。それで余計腹が立つのか〉
「うん」(深くうなずく)
〈でも、これで、イライラの原因が一つわかったから、少し対処しやすいかも。もし、Rちゃんが、Dくんのものに触って、ケンカになって、ママに怒られてイライラした時も、“あ、これ、いつものパターンだ!”って思えるでしょう〉
「そうか」
〈でも、ママに怒られて、イライラする前に、何かできることはないかな? Rちゃんは、Dくんのどんなものを触りたがるの?〉
「大事にしているカードとか、マンガとか……」
〈大事にしてるんだ。それで、場所が変わったりしても、嫌なのかな。……何かいい方法ないかな〉
(Dくんが何か思いついたように、手を上げる)
「特に大事なものを、Rのわからないとこに、しまっておく」
〈なるほど、それって名案だね〉
「うん、やってみる」

Dくんは、以前に比べ、「こういう時はどうすればよいのか?」ということを、落ち着いて、冷静に考えられるようになってきています。実際に、日常生活の中でもパニックになったり、気持ちが不安定になることが、以前に比べて減ってきているようです。
 
【うまくいく秘訣と工夫】
まず、何か嫌なことがあった時に、イライラするのはごく自然なことだということ、また、イライラすること自体が悪いことなのではないということを共有できるといいでしょう。そのうえで、イライラした時の対処法を一緒に考えていくことで、子どもも、安心感をもてると思います。
 さらに、認知行動療法のアプローチをもちいて、イライラの引き金になることを突き止め、予防策を考えたり、受け止め方を考えたりすると、いっそう改善につながるでしょう。


〈行動や情緒のコントロールに課題のあるケース〉のトレーニングの例2
 
怒りのコントロール 対象:小学生以上
怒りのコトンロールも、発達の課題を抱えた子には、とても多い課題です。周囲も手を焼いていることが多いと言えます。
しかし、きちんとトレーニングをすれば、改善困難というケースはむしろ少数で、トレーニングを通じて、子どもの中に新たな思考回路や対処法を育てていくと、大人以上に早い進歩を示すことも多いものです。
ここに紹介するプログラムでは、具体的なエピソードから入って、そのときの気持ちや背景について振り返り、イメージを用いながら、認知を修正していくという方法で、子どもとやりとりしながら、認知や行動のパターンを変えていきます。
自分を振り返り、言語化する力がついてくるにつれて、行動も変わっていきます。また、一般的な認知療法が難しい子どもでも、イメージを用いることによって、自分の心に起きていることがとらえやすくなり、自己理解や行動の変化につながります。怒りの程度を、ゲームのレベルのように、ポイントや数字で表すのも一つです。心の容量をタンクに見立てて、どれくらいいっぱいになっているか、伝えてもらうだけで、自分の状態の理解につながります。
この方法の優れた点は、怒りのコントロールを高めるだけでなく、コミュニケーション能力や自己表現力を高めることにも役立つことです。

【実際のセッション風景】
G君は、とても過敏な小学四年生の男の子です。
〈G君、学校で嫌なことってある?〉
「大嫌いな『猫』のことを聞くこと。わざと、『にゃー』と鳴きまねをする子がいる」
 G君は、猫が苦手で、急に猫が現れたりすると、パニックになるほどです。
〈その時どうしてるの?〉
「我慢してる。無表情で」
〈そうかぁ。でも心の中は?〉
「嫌。帰って爆発する。そのせいで、何もできなくなる。猫で爆発」
〈そんなときの怒りのレベルを教えて〉
絵で怒りのレベルを示してくれる。
「ポイントが100で満タン中、猫で70ポイントつく」
〈他にも怒りポイントついたことある?〉
「今日お父さんに言われた事件は、20ポイント」
〈メーター貯まってきたね。どうすればメーター減るんだろう?〉
「減る方法は、好きな絵を描くと、-5ポイント。あとは10分に1ポイント減る」
〈なるほど。好きなことしたり、時間が経つと減るのね。どうやったら増えないのかな?〉と一緒に考えるなかで、嫌なことがあっても、切り替えることができたら、あまり引きずらないで済むことを話してくれました。
 そこから、怒りをただ我慢するというのではなく、嫌なことがあっても切り替えられたらいいと、目標が変わっていきました。
〈嫌なことは、防ぎようがないけど、切り替えることは自分で努力すればできものね〉と言うと、
「やってみると」と明るい顔になりました。

【トレーニングのポイントと工夫】
怒りなどの感情を数字にしたり、怒りのタンクがどれくらい満タンになっているのか、イメージ化したりすることで、自分の気持ちをモニタリングする能力が高まっていきます。こうしたセッションを続ける中で、G君が家で大暴れすることも、すっかり影をひそめています。
また、怒りのコトンロールにおいては、引き金となるストレスを減らすことも重要ですので、ご家族や学校の先生に本人の特性を理解してもらうことも、とても大切です。


〈行動や情緒のコントロールに課題のあるケース〉のトレーニングの例3

切り替えが苦手な子へのアプローチ 対象:全年齢
何かをやりだすと、切り替えられず、そればかりやり続けようとする傾向は、しばしば生活上の困難をもたらします。宿題一つやらせるのにも、大変な労力がかかってしまうということも少なくないでしょう。時間を決めていても、毎回ゲームをやめさせるのに、大騒動してしまうご家庭も珍しくありません。
実際、トレーニングに通ってくる子でも、もってきたゲームをなかなかやめられず、セッションの時間が始まっているのに、まだやり続けてしまうという子も、中にはいらっしゃいます。こうしたところは、まさにその子の課題そのものが出ているので、まさに課題を改善するためのチャンスだともいえるわけです。
トレーニングを担当するカウンセラーたちは、その辺りの扱いがさすがに上手で、あの手この手でうまく切り替えさせ、それを課題の改善につなげていきます。ご家庭でも、そうした方法をぜひ取り入れて、活用していただければと思い、二、三紹介することにしました。
したがって、この項目は、トレーニング・プログラムというよりも、対処の仕方やアプローチに関するものです。

まず基本となることは、好きなことに熱中していることを、あまり否定的に見るのではなく、寄り添う姿勢をみせることが大事だということです。実際、他のことが耳に入らなくなる子に、「止めなさい」と、きつく叱っても、たとえそのときは従ってくれたとしても、次第に反発を生み、心からの意欲や関心をもってもらうことにはつながりません。
自分がしていることを、無理やり邪魔されたという意識がどこかに残り、心を閉ざしてしまうことにもなりかねません。
「いつまでやってるの」とか「そろそろ止めたら」といった否定的な言い方ではなく、その子の主体性を尊重した言葉かけが、基本です。どうすれはばいいかというと、その子の関心をもっと惹きつけることを提案したり、意欲を掻き立てたうえで、(そちらの方を)「早くやろうよ」と誘うのです。
その場合、その子の特性を考慮する必要があります。たとえば、報酬(ご褒美)に敏感な子の場合には、あと一分で止められたら、その子の大好きなプログラムをやろうかなと提案したり、時間が守れたらポイントがもらえるポイント制をとることも有効です。
競争になるとスイッチが入る子もいます。そういう子では、ストップウォッチで時間を測りながら、‶実況中継〟をするという方法もあります。「二分経過しましたが、まだ、気持ちが負けて、動けないようです。いや、そろそろ本気を出すか。おっ、立ち上がれるか。大逆転で、三分の壁を破れるか」といった具合に、その子の一挙手一投足を、古舘一郎さんばりに描写するわけです。三分に近づいてくると、カウントダウンしてもいいでしょう。心の戦いを戦っているというイメージで、本人の負けん気に訴えるわけです。
もう一つの方法は、まずは本人の世界を共有するところから始め、会話のやり取りをしながら、後の例のように言葉遊びで、気持ちを切り替えるという手です。少し高等テクニックですが、よく使う方法です。
いずれにしても、直接的に注意するのではなく、子どもが面白がるような言い方が子どもにも入りやすいと言えます。
もっと関係ができてくると、スポーツのコーチのように、「ぐずぐずしないで、さあ始めるよ」と喝を入れてもいいでしょう。

【実際のセッション風景】
例1 
B君は、iPadでよくゲームをしていて、ずっと持ち歩いています。切り替えられずに、ゲーム時間が長くなっていました。家庭では、ゲームを取り上げられると怒り狂い、そのことを引きずって他のことも手につかないこともありました。その日も、入ってくるなり座り込み、ゲーム機の画面を見たままです。
〈B君、何のゲームしてるの?〉
ゲームの名前を上げながら、トレーナーにもゲームを見せ、楽しそうに説明します。トレーナーもB君の話に耳を傾け、まずは関心を共有することにしました。ゲームの画面を眺めながら質問します。
〈ゲーム、どれくらいしてるん?〉
「ひこよちゃん1日15キロ走らせるねん。1回1~2キロってとこかな」
〈ひよこちゃんめっちゃ走るやん〉
「そうやねん! ひよこちゃんすごいやろ」と笑う。
〈そんな走らせたら、ひよこちゃん疲れはるんちゃう?〉
〈B君、もうそんな走らさんといてーって言ってないか?〉
「ほんまやー!走らせすぎたな」と、また笑った。
〈休ませてーて、言ってない?〉
「ほんまやな!疲れた言うてるかもしれへん」
〈1日半分くらいの8キロくらいにしたったら?〉
「せやな。それいいな。1回やったら最後までやらな嫌やし、これで終わらせるわ」と言うと、ゲームを閉じて、課題に向きあうことができました。

例2
C君は、大好きな電車の話になると止まらなくなり、電車に関するものを触ったり、話を始めると、切り替えが難しくなります。
まずは、子どもの好きな電車について、情報を教えてもらい、〈△△って何? すごい詳しいね、博士やな〉などと、興味をもって話を聞き、共有します。
C君は、電車のおもちゃを動かしながら、「次は○○です」とアナウンスすることを、駅名を変えて繰り返します。トレーナーもC君の世界観に入り込み、〈次降ります〉なとど加わります。
〈あ、もうこんな時間。終電です。車庫に戻らないとな〉と言うと、C君は、はっと気がつき、時間を確認し、最後の電車を走らせて、車庫に戻せました。

こうした対応を積み重ねていくと、無理やりさせられるという不安やいらだちではなく、自分のペースを尊重してもらえるという安心感が育ち、結局、長い目で見ると、主体的な変化や意欲が生まれやすいのです。

10.愛着を安定化させる

〈愛着に課題のあるケース〉のトレーニング例1

愛着アプローチ 対象:全年齢
症状や問題行動に焦点化せず、背景に目を注ぐ
実際に愛着アプローチを進めていくうえで、もっとも大事なことは、症状や問題行動に注意を奪われないということです。それよりも、その背景にある子どもがおかれた状況、ことに親やその子にとっての重要な他者との愛着関係に目を注ぐということです。
愛着アプローチでは、症状や問題行動を減らそうとはせず、それは、むしろ不安定な愛着状況から生じた結果に過ぎないと考えます。むしろ正すべきは、不安定な愛着を安定化させることなのです。言い換えると、安全基地を取り戻すということです。

ケース1
Aちゃんは小学校二年生。学校に行こうとすると腹痛を訴えるということで、相談に来られました。Aちゃんには、他者の顔色をうかがうところもあり、来談当初は、「学校に行きたくない」という気持ちを、お母さんになかなか打ち明けることができずにいました。当時、Aちゃんのお母さんは、「何でこんなこともできないの?」「もっと頑張りなさい」と、Aちゃんに対して厳しく接しておられました。また、自分の思うように子育てができないことへの歯がゆさや苛立ちを、涙ながらにカウンセラーに訴えられることもありました。
そのような状況の中、Aちゃんとカウンセラーとのセッションが始まったのです。やってきた当初は緊張した様子を見せていたAちゃんでしたが、月に三回~四回のセッションを続けていく中で、Aちゃんは「ごっこ遊び」を通して、のびのびと自分自身を表現することができるようになっていきました。
また、毎回のセッションの最後に、カウンセラーは必ずAちゃんの頑張っているところや、そのセッションの中で見られたAちゃんの素敵な部分をお母さんに伝え、共有するようにしました。こうしたやりとりを繰り返していく中で、お母さんのAちゃんに対する見方にも、少しずつ変化が見られるようになったのです。
以下に紹介するのは、あるセッションの中で、Aちゃんのお母さんから語られた言葉です。

「この前、Aが“お腹が痛い”と言って、学校に行くのを渋ったんですよね。それで、私、“お腹が痛いんだったら、無理して行かなくていいよ”と伝えました。そうしたら、次の日から、A、学校に行けるようになったんです。これまでは、自分の感情を押し殺していたのかもしれません。嫌なことがあっても、我慢したり、私に隠していたり……。かわいそうだったなぁと思います。Aは発達面に課題があることもあって、他のお友達のようにできないことが、これからもいろいろあると思います。でも、今はどんなことにも、のびのびと楽しめることが、Aにとっては一番大切なのかもしれませんね」

このように、お母さんのAちゃんに対する見方や関わり方が変わっていく中で、Aちゃん自身の身体症状はかなり落ち着き、学校にも休むことなく通えるようになっていきました。Aちゃんはもともと、自分から友達の輪の中に入っていくことや、新しいことに挑戦することに不安が強い子でしたが、自らお友達を誘って遊びに出かけたり、野外活動に参加したりすることもできるようになっていったのです。
ケース2
Aくんは、否定されることに過敏に反応しやすく、みんなと仲良く関わりたいのに、自分の思いを素直に伝えられず、つい相手が嫌がるような行動をとってしまうのです。本人の思いとは逆に怒られ、避けられることが多くなり、ますます注目を惹こうとする行動が増えるという悪循環に陥っていました。寂しさを抱えているのに、両親からは怒られることばかりが多くなり、甘えることも、本音で話すこともできなくなっていました。
最初のころは、困ったことなど何もないと言い、そのくせ、カウンセラーの顔色をうかがい、嫌われないように気を遣う様子がみられました。幸い一緒に遊びたい思いも強かったので、カウンセラーは、一緒にAくんの好きな遊びを共有する中で、関係性を築くことを心がけたのでした。
遊びを通しながら、〈困ったことない?〉と訊ねると、
「黒板の字を写すのがいや」とだけ答えが返ってきました。
友人との関係で困ることはないかと訊ねると、「ないよ。ケンカもしてない」と、きっぱり否定します。何を聞いても、深く聞かれないように予防線を張る答えが多いようでした。
〈もし何かあったら言ってな。先生はA君の味方やし。怒ったりしないよ。話してくれたらA君が過ごしやすくなるよう一緒に問題解決できたらなって思ってるし〉
「うん」といい、しばらく遊びを続けていました。それから手を止め、A君はカウンセラーの目を見て、
「学童、やめたいなー」と言いました。
〈そっかぁ。どうしたん?〉
「ちょっと嫌なことあって……」と、ある出来事を話し始めたのです。
周囲から孤立気味のA君でしたが、別に一人でいたかったわけではないのです。数日前、仲間に入れてもらおうと、思い切って声をかけたのですが、断られてしまったのです。
〈よく話してくれたね。勇気出して友達に声かけたんだね。一緒に遊びたかったんだね〉
 カウンセラーは、むしろ友達に素直に気持ちを言えたAくんの変化に驚きました。でも、生憎その思いは、踏みにじられるようなことになってしまったのです。
Aくんが、あまり落胆しないようにと、
〈ふざけて断ったのかな。でも嫌な思いするよね。Aくんのことが嫌いで断ったんじゃないと思うよ〉と希望的観測で言いましたが、何かひっかかるものがありました。
「理由聞いたけど言ってもらえなくて、悲しくて逃げた」と、うなだれています。いたたまれないくらい、つらかったのでしょう。
家では困ったことは「隠す」と言います。学校のことは一切話さないとのことでした。理由は「(親が)怒る気がするし、反応が怖い」からだそうです。
〈お母さんもAくんに話してほしいと思うよ。あ母さんも味方だよ。一緒に考えてくれると思うけどなぁ〉
 母親とは、定期的にお会いしてお話をしていましたが、本音が言える関係を取り戻せるように、どんなときも怒らずに、ただ聞いてあげてくださいと、お願いしていました。このときは、Aくんの様子がことさら気になったので、優しく見守ってくれるようにお伝えしたのでした。
 実は、事態は想像していたより深刻だったのです。数名の男の子が、Aくんを仲間外れにしようと、示しを合わせていたのです。
 でも、次にやってきたとき、Aくんの顔はすっかり明るくなっていました。
「学校であったこと、お母さんに言った」
〈言えたやん。お母さんも困ったことは我慢せんと言ってほしかったと思うで〉
 母親からの連絡で、事態を知った学校は、話し合いの席を設け、指導を行ったようです。その結果、級友たちとの関係もよくなり、遊びにも誘ってくれるようになったのです。
 これをきっかけに、Aくんは、母親に自分の思いを少しずつ言えるようになっているようでした。教室にも居場所ができ、攻撃的な行動に出ることも、影を潜めたのです。

‶問題行動〟とされる行動は、その子どものどんな気持ちの表れなのか、子どもの立場に立って考えことが出発点です。安全基地がもてずに、SOSとして、行動化していることが大部分なのです。その状況を変えていくには、安全基地を回復するしかありません。子どもが安心して本音を話せる関係を築き、子どもの気持ちに寄り添うことから始めます。
そして、子どもへのアプローチ以上に大切なのが、母親が安全基地としての機能を取り戻せるように、サポートすることです。そのためには、母親の関わり方に着目し、そこに働きかけることが重要となります。
子どもの行動の結果だけを見てしまうと、つい親は子どもを叱り、責めてしまいます。それでは、子どもの気持ちを受け止めることからは遠ざかってしまうのです。それゆえ、なぜそんな行動をとっているのか、背後にある子どもの気持ちを、本人目線で解き明かし、親にわかりやすく伝えることも、われわれの大切な役割だと思っています。子どもは、親が思っている以上に過敏だったり、親の顔色や反応をみていることも多いのです。親を支えながら、子どもの気持ちも代弁し、間を取り持っていくと次第に両者の関係が変わっていきます。

〈愛着に課題のあるケース〉のトレーニング例2

愛着アプローチに動作法を取り入れたセッション 対象:全年齢
前章で紹介した動作法は、体を体感する要素や体と体がふれあいながら、ひとつの動作に取り組むといった要素があり、愛着に課題を抱えたケースの改善に役立つことが期待されます。愛着アプローチと組み合わせて行うことで、不安定な親子関係の修復にも効果がみられるようです。筆者も、こうした取り組みに可能性と希望を感じています。

ケース 目を合わせない、多動の男の子
A君は小学2年生。産後すぐ母親が働いたため、生後4か月から保育園に預けられました。甘え下手で、相手の目を見ません。新しい環境はなじみにくいところがあったようです。 
一歳の時に、両親が別居したため、母親の実家で暮らしています。
小学校に上がった頃から、友人との間に、トラブルが目立つようになりました。相手から攻撃されたと思い込み、友人に手を上げるということも、しばしばでした。気に入らないことがあると、泣き叫び、家庭でも些細なことで、すぐ大騒動になってしまいます。
小学二年になると、学校の先生から怒られてばかりで、それが裏目に出て、反抗的な態度が強まっていました。授業中にノートも出さず、後ろを向いて座り、怒られても指示に従わず、笑っているという具合です。嫌なことがあると友人を叩き、授業の妨害になることも増えていました。学校から電話がかかってくるたびに、お母さんは厳しく注意したので、家でも怒られてばかりでした。
落ち着きのなさや衝動性は、ADHDを思わせますし、アイコンタクトの乏しさや言葉のコミュニケーションが苦手なところは、自閉症スペトクラムを疑わせるかもしれませんが、A君の場合は、純粋な発達障がいというよりも、愛情不足やネグレクトからくる愛着障がいがからんでいたと考えられます。

【実際のトレーニング風景】
A君のセッションは2週間に1回、行っています。本人セッションとは、別の日に、母親のカウンセリングの時間もとり、本人の関わりについてアドバイスを行ってきました。
A君は、最初は目が合いにくく、あまり話そうともせず、ただ自分のしたいことだけをしていました。緊張が強く、過敏で、気持ちの切り替えも難しい状態でした。 
お母さんは、一生懸命になるあまり、自分の思いを子どもに押しつけるところがありました。きっちりとさせようとして、決められたことができないと怒るということを繰り返していたのです。
そんな状況から来る安心感の乏しさや対人不信感が、反抗的な態度となって、いっそう事態を悪化させているように思われました。
お母さんの大変さを受け止めながら、叱るよりも寄り添うように接した方が、お母さんも楽になるのだということを、繰り返し伝える中で、お母さんも真剣に耳を傾けてくれて、A君の状態も少しずつよくなっていきました。
遊びながら、怒られてばかりだということや、習い事が多く、いやだということを、少しずつ語ってくれるようになりました。
一つ気になったのは、A君の体の緊張がとても強いことでした。自閉症スペトクラムの子どもさんでは、緊張が強い傾向がみられますが、A君の場合には、幼い頃から叱られることが多く、愛着障がいからくる部分も大きいように思われました。
そこで、行動や感情のコントロールとともに、愛着の安定化をはかるために、セッションの一部に、動作法を取り入れてみることにしました。
次は、初めて動作法を導入したときの様子です。

セッションの最初に、ホワイトボードのその日のメニューを書きながら、プログラムを決めることが多いのですが、メニューの一つに、「体そう」を入れました。本人にもわかりやすくするためです。
しかし、運動が苦手なA君は、「体そう」と聞いただけで、拒絶反応を起こし、
「体、動かすの嫌」と言い出しました。
〈体やわらかい?〉
「んー中間」
〈先生めっちゃかたいだ〉
「え? そうなん(笑)」
〈勝負しない?〉
「まぁいいで。どんなことするん?」
〈じゃあまず、あぐらをかいて座りましょう〉
トレーナーが見本を見せると、抵抗することなく、見本を真似ようとします。
〈胸の前で手を合わせます〉
「こう?(真似る)」
〈そうそう。ばっちり。じゃあそのままひねります。ポイントがあります。手は胸の前のままね。おぉ柔らかいね〉
「もっといくで」
〈すごい。じゃあ今度先先生がA君の後ろから肩に手を置いて、力入り過ぎてないかなって見て見るね。一緒にしよう〉と言うと、素直に応じます。
〈肩に力が入っているね、深呼吸して。じゃあ一旦そこでストップしよう〉
一旦止まって、力が抜けてくると、体や柔らかくなってきます。
〈もう少しいくかな〉
「いくで」
〈すごいね〉
「もっといく」
とても嬉しそうにしています。今度は仰向けになり、行います。身体のバランスが良く、言われた場所を伸ばします。普段トレーナーに自ら接触をしないのに、べったりとくっつき、嬉しそうな様子。「まだするん?」と言いながらも、体は抵抗することなく、応じます。いつになく、とても落ち着いた様子で、その後も自ら着席し、後のプログラムに取り組みました。
〈お母さんともしてみたらどう?〉
母親にも伝え、スキンシップをとるように話しました。

その次のセッションのとき、A君は自分から、
「ママと毎日ストレッチ(動作法のこと)してるで」と言ってきた。
お母さんも、
「前教えてもらったストレッチたまにやってます。お風呂とか入らなかったら抱いていくんですけど、何か抱かれるの喜んでる気がしました」と話された。
〈甘えたいんでしょうね。スキンシップたくさんとってあげてくださいね〉と伝えると、
「そうですよね。足りなかったと思う。今も食事が遅いと家の人に怒られるけど、私とAだけ居残りで一緒にゆっくり食べてます。いいのかな」
〈それでいいと思います。お母さんと一緒にっていうのが〉
「すごくよく話してくれるようになって。夜も寝かす時もよくしゃべるんです。だから叔母や祖母には注意されても、すぐ食べさせたり、すぐ寝かせようとせず、話す時間を大切にとっていこうと思いました」。

その後、「ママによく話をする。怒られることが減った」と言うようになりました。
感情的に怒らずに、本人の気持ちに寄り添い、よく話を聞くことや、共感的に関わるように何度伝えてきましたが、母自身も一生懸命向き合い、関わりを変えてこられたようです。その成長ぶりにスタッフも勇気と希望をもらっています。