学習の課題や学習障がいについて学ぶ
※本コンテンツは岡田尊司氏(医学博士)が自ら作成したものです。無断引用、複製、転載、同じ内容を文章の言い回しや体裁だけを変えて使用することも、著作権の侵害になりますので、ご注意ください。
目次
学習障がいとは
知能の低下はないのに勉強が苦手
勉強が苦手と一口で言っても、その中身はさまざまです。ADHDがあったりすると、知能自体は高くても、集中や根気が続かず、結局、授業も上の空で、勉強も手に着かないので、成績は振るわないということになりがちです。中には、ADHDがあっても、興味を示す学科には、高い集中力を示して、その科目だけは優れているという場合もあります。多くはADHDの改善とともに、成績も改善することはよく見られます。
勉強が苦手な子どもの場合、原因の一つとして注意しておかねばならないのは、「学習障がい」とよばれるものです。誤解されやすいことですが、学習障がいとは、学習が苦手だということではありません。学習障がいとは、知能や他の学習能力が正常であるにもかかわらず、ある領域の学習能力だけが、特異的に低下しているものをいいます。
たとえば、喋ったり、読んだりするのは、まったく普通か、ときには平均以上に優れているのに、小学校一年生レベルの漢字を書くのにも、ひどく難渋するという人がいます。こういう人の場合、マークシート式であれば、大学に合格できる得点を取れるのに、記述式の試験だと、ひらがなばかりの文章になってしまい、低い評価しか貰えません。これは、「書字障がい」と呼ばれるものです。その他にも、文章を読むことが困難な「読字障がい」、計算だけが極端に苦手な「算数障がい」などがあります。
こういう障がいがあると、学校時代、ひどく辛い思いをしやすく、強いコンプレックスを抱く原因にもなります。脳の機能的な特性なので、通常の練習では、いくら努力しても、なかなか改善しません。周囲が早く気づいて、その子にあった訓練を行うことが重要です。最近では、専用の訓練プログラムも開発されています。
学習障がいを、人に知られないように隠している大人の人も少なくありません。書字障がいなどがあると、字を書くことを求められる場面を避け、そのために仕事が長続きしなくなっていることもあります。人間関係に消極的となってしまう場合もあります。適切な理解が普及することが、今後求められます。
学習障がいだったピカソ少年
二十世紀が生んだ最大の芸術家の一人であるパブロ・ピカソも、ADHDに加えて、学習障がいを抱えていたことが伝記や評伝の記載から推測されます。
パブロ少年にとっても、学校は「試練の場所」でした。「彼はいつも落ち着きがなく、規則を守るのをいやがり、ほとんど従わなかった。そして好きなときに席を立ち、窓のところへ行ってガラスを叩くのだった」そうです。このタイプの子どもには、よくあることですが、パブロ少年も時間が早く進めばいいのにと、授業中も時計ばかり見ているか、落書きに熱中していまし。
彼はすでに、天才の萌芽を見せ、大人のような完成度で対象を描くことができました。しかし、勉強となると、読み書きも算数も全くダメでした。中学校の入学試験では、知り合いの試験管が、彼を合格させようと手心を加えて出題した足し算の問題を、全問不正解してしまったほどです。頭を抱えた試験管は、答えをカンニングさせようとしましたが、それを書き写すのにも、パブロ少年はひどく苦労するありさまでした。
当時、パブロ少年が落書きと一緒に書き残した詩や手紙の文面を見ると、文を書く能力において、パブロ少年が決して劣っていないことがわかります。したがって、彼の成績不振の原因は、読字障がいと算数障がいによるものだった可能性が高いといえます。
こうした勉強での挫折は、パブロ少年に拭いがたいほどの劣等感を植え付けても不思議はないのですが、幸いにして、彼の場合そうはなりませんでした。一つには、画家だった父親が、息子の天賦の才能に気づき、最初から勉強には重きをおかず、息子の長所を伸ばすことの方に関心を注いだからです。
偏った能力というものは、短所にもなれば、長所にもなります。短所を否定するか、長所を伸ばせるかで、子どもの運命は大きく変わっていくのです。
【データ】
アメリカのデータで、公立学校の児童の約5%が該当すると報告されています。
【対応と治療のポイント】
本人の障がいに応じた学習プログラムで、学習を行うことが必要です。劣等感や自信喪失をきたしやすいので、本人に合わせた目標設定を行い、達成感と自信を味わえるようにすることが大切です。
発達性読み書き障がい(発達性ディスレクシア)
読字障がい
読字障がいは、大きく三つの原因によって起きると考えられています。
視覚に関連した機能の障がい
① 眼球運動の障がい
文章の文字をスムーズに追うためには、目が上下、左右に滑らかに動く必要があります。発達に課題のあるお子さんでは、しばしば眼球運動が円滑さを欠き、うまく追うことができないのです。そのため、途中で見失ってしまい、たどれなくなってしまいます。
② 形の知覚の障がい
たとえば、「あ」を「お」と区別して読み取るためには、形の違いを認識、弁別する必要があります。「王」と「玉」を区別できるためにも、点の有無という形の違いを認識する必要があります。
③ 形の記憶の障がい
スムーズに文字を読み取れるためには、文字の形を記憶しておく必要があります。形の記憶は、書字において一層重要になります。読めるけど書けないという場合、形の記憶が弱く、正確に細部まで思い出せないことが一つの原因となります。
視覚-音韻処理機能の障がい
文字を読むことができるためには、文字の形という視覚情報を文字の音の情報に変換する処理を行うことが必要ですが、文字一つ一つの音が読めても、文章をスムーズに読むことには、まだ程遠いといえます。
いくつかの文字が集まった単語やフレーズとして、認識する必要があるのです。それができるためには、単語やフレーズを音の塊として認識するだけでなく、意味をもった塊として理解する必要があります。
文字を音に変換しても認識する音韻認識と、意味をもった一つの塊として単語やフレーズを理解する単語認識の二つができて、文を読むだけでなく、内容が理解できるのです。
たとえば、英語の文章を読む場合で考えましょう。音韻認識が弱ければ、スムーズに音読することができません。しかし、流暢に文を読めたとしても、単語認識が弱ければ、何が書かれているのか、理解できません。
実際には、ある程度単語認識ができなければ、どこで区切ればいいのかや、どういう感情表現をすればいいのかがわからないので、文を流暢に読むことは、ほとんど不可能です。
小脳に関連した機能の障がい
小脳は、姿勢のバランスをとったり、協調運動をスムーズに行ったりする、繊細な運動の調節にかかわっています。宙返りをしたり、難しいピアノ曲を弾いたりするのも、小脳の働きがかかわっています。書字をスムーズに巧みに行うのは、運動や演奏を巧みに行うのと、似ていることは容易に想像できますが、実は、文を流暢に読むことにおいても、小脳が重要な役割を果たしているのです。
したがって、読みの力を高めるには、ただ読むことばかりを練習するよりも、体の姿勢や左右の脳を連動させた運動をしたりすることも、大いに役立つのです。
書字障がい
書字の困難の原因となる障がい
音から文字への変換(エンコーディング)の障がい
文字が適切に書けるためには、文字が表しいている音、文字が表している意味、文字の三つがスムーズに変換されることが必要です。
たとえば、「しんりん」という言葉を聞いて、それを「森林」と書けるためには、音と文字を結びつけるだけでなく、音と意味を結びつけ、それをさらに文字に結びつけることが必要になります。
「森林」という言葉の読みや意味を知っていなければ、「しんりん」という読み方を提示されても、それを「森林」という文字につなげることはできません。
音と文字の変換ができないという場合には、言葉自体を知らないか、すぐに思い出せないということです。その場合、書字だけでなく、読字にも困難をともないやすくなります。
言葉の発達自体が遅れていて、語彙も少なく、言葉遊びをしても、あまり答えられないということになります。言葉自体を思いつけないので、鉛筆をもったまま手が止まっていることが多くなります。
書字運動の障がい
文字がうまく書けないという状態は、まったく違う原因によっても起こります。もう一つの重要な原因が、書字運動の障がいです。書字運動の障がいがあると、うまく手で鉛筆を使いこなして、適切な形と大きさに、文字を書くことができません。この場合、手は動くのですが、うまく書くことができないのです。
書字運動の障がいにも、大きく三つの場合があります。
① 運動のコントロールの障がい
一つは、手や指を適切に動かすことが、できず、その結果、文字が汚くなってしまう場合です。
運動のコントロールに障がいがあると、線や形をなぞることも、うまくできません。
運動がうまくコントロールできない原因として、意外に重要なのが、(A)姿勢の問題と(B)触覚や固有受容覚の障がいです。これらの障がいを改善するためには、ただ書字の練習をするよりも、体のバランスを高めるような運動や遊びを活用することが役に立ちます。
② 構成や配置をイメージする能力の障がい
二番目は、文字のパーツを適切に組み合わせ、ほどよい配置や大きさになるように、構成する能力が障がいされている場合です。その場合、文字の一つ一つのパーツが、適切に組み合わされなかったり、配置や大きさがバランスを欠いてしまったりします。
たとえば、「書」という文字を書く場合、横線の本数が違っていたり、突き出すところと突き出さないところが不正確になったり、マスの大きさと文字の大きさが合っていなかったり、配置が一方に偏っていたりすることになります。
手本を見て書いても、正確に書くことができない場合、この障がいが疑われます。
この能力は、形を正確に写せるかを見ると、よくわかります。
③ 文字イメージの想起の障がい
三番目は、書き順や文字の形を覚えて、想起する力が弱い場合です。この力が弱いと、書かれたものを読むことはできても、ぼんやりとしか文字のイメージを思い出すことができず、正確な文字を書くことができません。②の場合と違って、手本があれば、正しく書くことができるのですが、何も見ないで書くことが難しいのです。
★困難を引き起こしている原因の正確な把握が、有効なトレーニングにつながります。
算数障がい
算数が特に苦手な算数障がいは、頻度の高い学習障がいのタイプです。算数の課題を解くためには、大きく四つの領域の力がかかわっています。どの段階でつまずいているかを見きわめ、その部分をサポートしていくことが必要です。
四つの領域とは、数処理、数概念、計算、数的推論です。
それぞれについて、どういう能力がみていきましょう。
① 数処理
数処理とは、物の数を数えたり、大きさや長さを数字で把握したりする能力で、数字を扱う一番基本になる能力です。
・数字を数えられる
・数字を書ける
・物の数を数えられる
・長さや重さなどの大小を、数字で表せることが理解できる。
・数直線が、数の大小を表していることが理解できる
② 数概念
数には、大きさを表す特性である基数性と、順序を表す特性である序数性という二つの異なる特性があります。2が1より大きく、1が二つ集ると2になるというのは、基数性にかかわる理解です。それにたいして、12という数字の最初の1は、10を表し、2番目の2は、ただの2を表しているということがわかるためには、順序についての理解、つまり序数性の理解が必要です。
それに対して、基数性の理解が弱いと、6が2よりどれくらい多い数であるとかがピンとこないですし、およその数を察するということも苦手です。
基数性が弱いと⇒
・およその数が推測できない
・何倍くらいあるかが、すぐにイメージできない
・足したり、引いたりする計算がイメージできない
・簡単な計算を間違う
・指を使わないと、計算できない
・簡単な計算も、筆算してしまう
序数性が弱いと⇒
・12と21の違いがあいまい
・桁が変わる計算が苦手
・大きな数がわからない
③ 計算
計算は算数の課題を解いていく上で、基礎となる技能です。しかし、算数障がいのある子では、同じように練習しても、なかなか進歩しないということが起きてしまいます。①の数処理や②の数概念の段階がクリアされていない場合、当然、正確に迅速に計算をすることは困難です。①や②の段階でつまずきが見られる場合には、その段階まで戻って、トレーニングをした方が上達の近道です。
① や②の段階は、クリアできているけれど、計算が苦手という場合には、大きく二つの原因があります。
一つは、暗算が苦手という場合です。2+3=5や7+8=15という計算をする場合、最初のうちは、数えたり、数を表す物をイメージたりして、実際に計算するわけですが、慣れてくると、計算の答えを覚えて、いちいち計算なくても答えが出せるようになります。ところが、暗算が苦手なお子さんでは、記憶して自動的に答えを出したり、あるいは頭の中でイメージして、計算するということが難しいのです。その原因と考えられるのは、ワーキングメモリー(作動記憶)が弱いことです。
もう一つは、もう少し大きな数の計算で必要になる筆算が苦手という場合です。筆算が正確に行えるためには、決まったルールに従って、計算の手続きを行っていく必要があります。また、決まった場所に整然と数字を記していくという作業がスムーズに行える必要があります。視覚・空間処理の能力や決まった手続きを素早く、正確に行う実行機能と呼ばれる能力も重要になります。
このように計算には、ワーキングメモリー、視覚空間処理、実行機能など、とても重要な能力が関係しているため、計算の練習をすることは、単に計算力を鍛えるだけでなく、さまざまな基本的な認知能力を鍛えるのに役立つわけです。
計算の練習を毎日すると、行動面でも変化が生じるのは、そうした理由からです。
④ 数的推論
もう一つは、文章題などを解く際に、重要になる数的推論の能力です。文章題を解くためには、まず、そこで提示されている具体的な状況をイメージすることが必要です。もちろん、まず文章の内容が理解できる必要があります。読字障害があると、そこでつまずいてしまう場合もあります。絵や図にして表すことが、文章題を解くのを助けるのは、イメージしやすくなるためです。
その次の段階として、イメージした状況を、数字に置き換え、式に変換していく必要があります。いわゆる立式です。
そのうえで、計算が正確にできて、ようやく正解にたどりつけるわけです。
今日では、そのお子さんがどこでつまずいているのかを、さらに細かく把握できるようになっています。そのうえで、必要なトレーニングを行っていくことで、最適の支援を提供できるのです。
学習障がいとは別の原因による学習の困難
学習がスムーズにできない原因は、学習障がいばかりではありません。次の三つの要因は、しばしば学習の足を引っ張ります。
学習の困難によくみられる問題
(1)覚醒レベルが不安定で、集中が持続しない(注意の維持の問題)
たとえば、ADHDのお子さんでは、注意力の持続が困難で、単調な刺激だとすぐ眠くなってしまいます。
⇒覚醒レベル、注意力を高める工夫が必要です。
(2)学習する内容に対するモチベーションが乏しい(興味・意欲の問題)
課題が難しすぎたり、易しすぎても、モチベーション・ダウンが起きます。苦手意識が強いこと、興味がないことについても、モチベーションは低下しがちです。
⇒本人の興味のあるものとからめたり、題材にして、課題を作成します。
(3)学習に対する不安(失敗することへの不安)が強い(学習不安)
苦手意識があったり、うまくできなかったら恥ずかしいという不安が強いと、モチベーションの低下につながります。できているのに、自信がなさそうにする場合や、間違うことを極度に恐れている場合には、学習不安が強いといえます。
⇒不安が強いお子さんは、必ずできそうな、平易な課題や、答えやすい質問から問いかけるようにします。そしてできたら、「その通り」「すごいね」「グッド」「OK」など、肯定的な反応を返します。
⇒エラーレスラーニングの方法で、ヒントを与えて、正解できるように導きます