発達のトレーニングについて学ぶ

※本コンテンツは岡田尊司氏(医学博士)が自ら作成したものです。無断引用、複製、転載、同じ内容を文章の言い回しや体裁だけを変えて使用することも、著作権の侵害になりますので、ご注意ください。


目次

トレーニングを始める前に

子どもが主人公です
トレーニングを始める前に、知っておいていただきたいことがいくつかあります。この点は、トレーニングが効果的なものになるかを左右する大事な点なので、トレーニングを開始してからも、ときどき読み返し、原点に戻って現状を見直していただけたらと思います。

子どもの育ち全般について言えることですが、発達のトレーニングにおいて、特に大事なことは、楽しんで取り組めるとき、最大の成果が生まれやすいということです。嫌々やらせたり、無理に強制してやったのでは、逆効果になりかねません。

では、どうすれば楽しんでトレーニングに取り組むことができるでしょうか。トレーニングが上手な方にかかると、最初はあまりやる気のない子どもも、不安で固まっていた子どもも、みるみる表情がほぐれて、積極的な関心ややる気をみせ、夢中になって取り組むようになります。トレーニングが、大好きなゲームやカードより楽しみになって、その日が来ると、大喜びで通ってくる子も沢山います。それによって、効果が出て、親御さんや学校の先生から、「最近変わったね」とか「成長したね」とか、ほめられることが増えるので、余計に意欲が出るという好循環にもつながります。

なぜそんなふうになるのでしょうか。まず第一に、トレーニング名人の発達心理士さんや臨床心理士さんのセッションを見ていると、よくわかるのですが、本人のペースや関心を尊重しながら、そこから自然にトレーニングへとつなげていくので、やらされているという感じがまったくしないのです。

つまり、最初にトレーニングのカリキュラムを立てて、きょうは、このトレーニングをしましょうというような、授業的な導入とは違って、まず本人の話から入って、やりとりしながら、本人が興味を示したものからセッションに入るという場合もあります。次第に、自分から困っていることを課題としてもってきたりして、そのことをセッションで取り組んで、乗り越えていこうとすることも出てくるようになります。あくまで本人のペースや興味、気持ちを尊重しながら取り組むということが基本です。

これは、主体性の尊重ということになりますが、主体性を尊重されることで、安心感や楽しさが生まれるだけでなく、心の発達が促されやすくなるのです。その場合にも、ただ自分がやりたいことをやっているというだけではなく、そこにトレーナー役の人が、関心を寄せ、本人と関心を共有しながら、やり取りをするというプロセスを重ねることで、自分の関心への没入から、人と関心を共有することやコミュニケーションすることの楽しさを味わえるようになるのです。実は、その点が、コミュニケーションにおいてももっとも大事なことなのです。

ですから、トレーナー役となった人がまずやるべきことは、子ども本人の関心に寄り添うということです。本人と同じものに目を注ぎ、本人が面白いと感じていることを一緒に感じながら、それを少しずつ言葉にしていき、言葉のやり取りとして展開していくという取り組みです。

この部分が、基本中の基本ですが、発達の専門家とされている人でも、必ずしも上手にできているわけではないようです。専門家でもやってしまいがちなことは、ご自分が注目したものに、子どもの注意を引き寄せようとすることです。「これ見て、パンダだよ。面白い顔しているね」と言って、ぬいぐるみを取り上げて、見せようとしますが、子どもの方は、自分が手にしているミニカーの方に夢中で、その人の声などまったく聞こえないかのように、自分の世界に熱中しています。

それを見て、専門家の先生は、「やっぱり注意の共有ができないですね」と言ったりするわけですが、実は、注意の共有を怠っているのは、その先生の方だったりするわけです。

心理士さんでも、親御さんでも同じことです。かかわるのが上手な方は、子どもの興味が向いているものに一緒に興味を向けて、何を面白く感じているのか、何に注意を惹きつけられているのかを、その部分を共有しようとします。そのうえで、言葉をかけ、やりとりへと結びつけていくのです。

お子さまに日々おうちでご家族が接する場合にも、この点はとても大切なことです。トレーニングの場で学んだことを、定着するためには、おうちや学校での練習が大切です。お母さまも、トレーナーになったつもりでかかわると、効果的なのですが、その場合に、指導に熱心になるあまり、お子さまを注意したり、指導したりしても、あまり効果はないどころか、逆効果になってしまいます。指導はやめて、お母さまが、お子さまが感じていることに寄り添い、共有する部分を増やしていくと、お子さまは変わり始めます。

ある程度関心を共有し、言葉のやり取りができるようになると、「これも面白いよ」と他のものに注意を切り替えても、ついてきてくれるようになります。注意を共有してもらう体験の中で、自分も相手と注意を共有する回路が育って来るのです。そこの部分を、時間をかけて丁寧に育てていくのが、発達のトレーニングの醍醐味でもあります。

ところが、先生タイプの方は、案外その点を、できる、できないで切ってしまう傾向があります。発達の課題は、決して固定されたものではなく、丁寧にトレーニングするうちに、回路が育っていくと、少しずつできるようになります。ピアノの例でいうと、発達に課題がある状態は、片手でしかピアノが弾けない子どものようなものです。片手でしか弾けない段階から、両手で弾けるようになるのには、確かに大きな隔たりがあります。片手でしか弾けない子どもからすると、両手で別々の旋律を弾くなどということは、マジックのように思えることでしょう。

でも、少しずつ練習していくうちに、最初はたどたどしくではあっても、だんだんとスムーズに両手を動かせるようになります。脳に回路ができ上がるからです。発達のトレーニングもまったく同じなのです。


一番大切なこと
何よりも大事なのは、トレーニングを楽しめるということです。そのためには、本人の主体性や関心を尊重する必要があるわけですが、取り組む内容にも、本人の意思を反映させるとよいでしょう。すべて本人の言うとおりにする必要はありませんが、本人が言った意見や希望を尊重する姿勢が大事です。

いくつかプログラムに取り組んでいくうちに、本人の興味や好みに合ったプログラムが出てくるようになります。「○○がやりたい」と自分から言うことも多くなります。一日のトレーニングで行うプログラムは三つか四つ程度のことが多いですが、その中の一つに、必ず一つは本人の希望するものを入れるとよいでしょう。

予めプログラムやカリキュラムを決めてしまいすぎるのは、考えものです。その子の気分や歩みのペースはそれぞれです。こちらが予定した通りにはいかないのが普通ですし、思いがけないところから展開が生まれ、伸びるきっかけになるということも多いのです。プログラムやスケジュールを決めすぎてしまうと、せっかく子どもが、自分から関心を見せても、そのことを素通りして、別のことに取り組ませるということになりかねません。

トレーニングの達人の域に達している方のセッションをみると、予め用意した固定したプログラムに縛られるのではなく、本人のニーズやタイミングに合わせて、それにふさわしい内容を、手品師のように次々と提供していくという流れになっています。そうしたことが可能なのも、たくさんの引き出しをもっていて、その子がいま必要としている課題や関心に最も適した内容のプログラムを、自在に取り出すことができるためです。


有効なトレーニングになるためには
次に大事なのは、トレーニングが有効になるための視点です。遊びが単なる遊びで終わらず、トレーニングとしてより効果的なものになるためにはどうすればよいかということです。この部分が考慮されているかどうかが、単なる遊びの相手をするか、トレーニングとして機能するかを分けます。

では、せっかく取り組むトレーニングが、より効果的なものになるためにはどういう点に心がければよいのでしょうか。

その一つは、その子の課題をしっかり認識して、必要な部分にほどよい負荷がかかるようなプログラムを用意することです。同じプログラムでも、少しやり方を工夫することで、その子にとって、適度な負荷に調節することができます。

たとえば、三十キロの負荷が限界の人に、いきなり四十キロの負荷をかけても、びくともしないだけで、訓練にもなりませんし、やっても楽しくありません。かといって、五キロの負荷では、軽々とこなせますが、あまり有効なトレーニングとは言えませんし、本人の達成感も乏しいでしょう。限界の六、七割の負荷、つまり二十キロくらいで練習を繰り返すと、効果的なわけです。

また、腕の筋肉の課題があるのに、足ばかり鍛えても、効果的とは言えません。課題があるところに、負荷がかかる必要があります。

社会性や注意力といったその子がかかえている課題に、効果的なトレーニングになるために大事なことは、その子の課題にとって、ちょうどいいトレーニング・メニューを選ぶということです。

と同時に、その子が課題をかかえているということは、それだけ、苦手なことに取り組むことになるのだと、その大変さを理解することも大事です。

尻込みしたり、やりたくない気持ちにも共感しつつ、やりやすいこと、楽しめることから始めて、少し勢いがついてきたら、苦手なことにもチャレンジしてみるといった、細かい配慮が必要です。少しでも苦手な課題に向き合おうとしたときには、その勇気をたたえ、励ましを与え、わずかでも進歩したら、その点をほめて、強化をはかるということが重要になります。

ところが、通常の遊びの場面では、そんなふうにはなりません。その子の苦手なことを、その子なりに頑張ってやろうとしても、そうした努力の部分は評価されず、むしろうまくできなかったことを冷やかされたり、けなされたりしてしまいがちです。

話すのが苦手な子が、せっかく勇気を出して、たどたどしい言葉で、何か伝えても、「声が小さくてよく聞こえない」というような悪い点ばかりを言われたとすると、その子は、声を出すことによけい臆病になってしまいます。結局、せっかくチャレンジしたことよりも、うまくできなかったというネガティブな評価だけが残って、もうやりたくないということになりがちです。

その子の苦手な課題に取り組もうとしている場合には、その子にとって、そうするだけでも大変な勇気と努力が必要だということをまず理解してあげることです。そうした理解があれば、自然に子どもにかける言葉も変わってきます。一見当たり前に見えることも、恐る恐るチャレンジして、やっとできたという瞬間があります。そのとき、すかさず、「よくやれたね」という言葉をかけられるかどうかが、とても大きな違いを生むのです。

発達のトレーニングは、言ってみれば、遊びの中の栄養素となる部分を凝縮したようなものだと言えます。そうした体験を通して、発達に必要な負荷と刺激を与え、強力に成長を促すわけです。発達トレーニングに熟達したカウンセラーと遊ぶというのは、その子の課題にフォーカスしながらかかわれるので、通常の遊びでは、何年かかっても起きないような変化を、短いスパンで促すことができるわけです。


診断よりも個々の特性が大事
ここから少し専門的な話になりますが、大事なところなので、少し頑張ってお読みください。発達のトレーニングに取り組んでみようという方やその方法に関心がおありの方には、教師や発達の専門家として、そうした仕事に携わっているという場合もあるでしょうが、何と言っても一番多いのは、ご自身の子どもさんが「発達障がい」と診断されたり、その傾向があると言われている方ではないでしょうか。まだ、診断や検査を受けたことはないけれど、少し気になる点があるという方もいらっしゃることでしょう。

 特に診断を受けているという方について、気を付けていただかねばならないことなのですが、診断名というものが、すべてを表しているわけではないということです。診断名は、その子の一番課題となる部分だけを反映しているということが多いのですが、中には、その子の現実の課題と、あまりぴったりとはいえない診断名がついてしまっているという場合もあります。

 診断名も、次々と変わったりして、かなり混乱しているという現状もあります。発達の課題のあるお子様について、今日よく使われる診断名としては、「自閉スペクトラム症」(略して「ASD」、「広汎性発達障がい」や「自閉症スペクトラム障がい」「アスペルガー症候群」なども使われる)「ADHD」「学習障がい(LD)」「知的障がい」が多いかと思います。

 しかし、同じ診断名でも、その子の抱えている課題は、一人一人かなり違います。診断名という縦割りのカテゴリー(分類)とは関係なく、課題がまたがっていることの方が普通です。

発達のトレーニングを行う場合に大事なのは、診断名ではなく、その子一人一人が抱えている特性や課題です。ですので、診断名ごとにトレーニングを考えるというのは、その子の実態に即していないのです。ベースにある課題を、もっと細かく丁寧に把握し、それに応じたプログラムに取り組んでいくことが求められるわけです。

たとえば、自閉スペトクラム症と診断されている子どもさんでも、表情の読み取りが比較的問題なくできる子もいれば、まったくできない子もいます。ADHDという診断名がついている子でも、表情の読み取りがとても悪い子も少なくありません。そういう子では、怒っていない普通の顔を見ても、怒っているように受け止めてしまうということが起きやすいと言えます。虐待やイジメの被害に遭っている子どもでは、診断名に関係なく、表情の読み取りに課題が認められやすいのです。

自閉スペクトラム症と診断されているケースでも、注意力の低下している子もいれば、逆に優れている子もいます。言語理解、視覚・空間認知、ワーキングメモリー(作動記憶)、処理速度など、ばらつき方は一人一人違います。

学習障がいという診断についても同じです。耳から聞いて覚えるのは問題ないけれど、読んで覚えることができない子もいれば、読んで理解することは得意だけど、文字を書くことが極めて苦手という場合もあります。計算は得意だけど、文章題がまったくできない子もいれば、一問一答式や選択式の問題なら答えられるのに、文章を自由に書いて答える感想文など、死ぬほど嫌いという子もいます。

こうした課題を改善するためには、その子がどの情報処理の部分に困難を抱えているのか、さらにベースの部分の課題を把握する必要があるわけです。学習障がいの原因が、ワーキングメモリーが低いために起きている場合もあれば、目と手をうまく協応させて使いこなすことが苦手で、文字を書くといったことに困難がある場合もあります。図や形を覚えることが苦手なために、困難が起きている場合もあります。

ベースにある原因を突き止めることで、はじめて必要なトレーニングも見えてくるわけです。やみくもにトレーニングすればいいというものではなく、きちんと課題を把握するためのアセスメントも大切なのです。そのお子様にどんなトレーニングが必要かを考えるうえでは、診断名ではなく、もっとベースにある特性や課題を丁寧に見きわめていく必要があります。

発達検査は、その子の課題を大雑把に把握するのには有効ですが、現在使われているWISC(Wechsler Intelligence scale for children:ウエクスラー児童知能尺度)などの発達検査も、万能ではないのです。そうした検査で測定するのが難しい能力もあります。社会性の課題にしても、学習の課題にしても、それだけでは、細かいつまずきはわからないのです。

いくつかの検査と組み合わせることで、発達のさまざまな側面をできるだけ総合的に把握する必要があるわけですが、それだけではなく、実際にさまざまな課題に取り組む中で、どの段階でつまずいているのか、どういう特性が、そうした課題を生んでいるのか、ということが見えてきます。そのためには、発達や学習の課題に熟知した専門家によるアセスメントが欠かせません。


トレーニング効果を倍加させる決め手とは
ここまで述べてきた部分が、発達のトレーニングにおいて核となる部分なのですが、実は、もっと重要なことがあります。それをお伝えしたいと思います。

早く改善したいと望む人は、ともすると、方法にばかり目を奪われがちになり、それをやれば、障がいや課題が克服できる魔法の方法があるかのように期待しがちですが、人間の発達や心の問題は、それほど単純なものではありません。それは、特別なサプリメントを飲めば、健康な体や若さが手に入るように期待するようなもので、現実にはそういうものはないどころか、偏って一つの食品やサプリばかりを取りすぎることは、むしろ有害なのです。

 発達のトレーニングにおいても、このプログラムがいいので、そればかりをやればいいというものではありません。それは、あくまで筋トレやサプリメントのようなものであり、普段の生活がもっと大事なことは言うまでもありません。限られた短い時間で行うトレーニングが効果的なものになるためにも、普段の生活習慣や家族や学校でのかかわり方が大切になります。

そして、そこにおいて最大の力を発揮するのは、ご家庭や学校が、本人にとっての「安全基地」となるということなのです。学校が、安全基地ではなくなっているというケースも多いことでしょう。そこを変えていくためには、学校の先生の理解や協力が欠かせませんが、まずできることは、家庭だけでも、その子の安全基地となれるように努力することです。

この効果は、絶大で、実際にやってみればすぐに実感できると思います。安全基地機能を高めることで、子どもの発達や適応力の促進をはかる方法は「愛着アプローチ」といい、発達トレーニングと合わせて行うことで、効果がぐんと高まります。子どもにとっての安全基地となることが、何よりもその子の力を引き出すことになるということを、どうか心にとどめておいてください。

 このことは、発達のトレーニングをご家庭や学校で行う場合にも、変わらずいえることです。それゆえ、もう一度、冒頭で述べたことに戻らなければなりません。一番大切なことは、トレーニングが楽しく取り組めるものだということです。トレーニングの送り迎えをされる時間だけでも、そんなふうな心構えで接していると、子どもはトレーニングの時間を大好きになると思います。


1.注意力や集中力を高める

注意力と一言で言っても
 不注意や気が散りやすいといった問題は、とても頻度の高いもので、児童の一割程度に認められ、男児では、もっと高い割合でみられます。注意欠如/多動症(ADHD)や注意欠如症(ADD)といった診断がつく子どもも、五%以上もいるとされています。注意力がないという言い方をするわけですが、注意力というのは、実はそれほど単純な問題ではないのです。

 実際、気が散りやすいということで、医療機関を受診する子どもや大人の注意力を、さまざまな方法で調べてみると、意外なことがわかります。それは、注意力自体が明らかに低下している人がいる一方で、注意力自体の低下がない人も、相当な割合いるということです。
 注意力の検査によく使われるものから、三、四種類をやってもらっても、どれも下がっていないという結果になることも、少なくありません。

 これは、どういうことでしょうか。不注意で、なくしものばかりするとか、探し物ばかりしているといって、医療機関にやってきているわけですが、検査をすると、注意力を示すはずの成績が低下しているどころか、逆に平均を上回っている人もいます。しかし、本人も家族も困っているわけです。

そこで、さらに別のタイプの検査をいくつかやってもらうと、タスクによって、ものすごく成績が悪いものがあり、ようやく課題の存在が裏付けられたりするわけです。

 このことは、注意力にもさまざまな要素があり、不注意の問題は単一の原因によって起きているのではなく、複数の原因が関係していることを示していると言えるでしょう。
 注意には、次の四つの機能的要素があるとされ、それぞれ異なる脳神経的な仕組みによって働いています。

① 注意の持続
不注意な状態に、もっとも多いのは、注意の持続の問題です。注意の持続が困難だと、すぐ他のことに注意がそれてしまうため、人の話を長く聞いていられませんし、勉強や課題にも集中が続かず、効率が低下します。他のことに目移りするため、宿題などがなかなか進まず、だらだらと長い時間かかってしまいがちです。物事に慎重に取り組むことができず、不注意なミスが増え、コップの水をこぼしたり、お皿や物を落としたりということもよくあります。置いたら置きっぱなしで、何事も乱雑になりがちです。忘れ物や置いた場所がわからないということもしばしばです。また、根気のいる課題や込み入ったことは、うまくできないので、苦手になりがちです。

注意の持続が低下した状態は、大きく分けて二つの原因で起きます。一つは、前頭葉の働きが鈍ることによってです。この場合、覚醒度(意識の清明度)が低下し、ぼんやりしていると感じられることが多いと言えます。睡眠不足や疲労もそうした原因となりますが、睡眠とは関係なく、そうしたことが起きてしまうのが注意欠如/多動症(ADHD)です。ADHDの子どもでは、単調な刺激だけでは急激に覚醒度が低下し、ぼんやりしてしまいます。また、うつ状態でも前頭葉の機能が低下するため、ぼんやりした状態になり、それまで有能だった人も、集中が困難になって、不注意なミスが増えます。

まったく正反対に、注意の持続の困難は、頭が働きすぎることによっても起きます。その代表は、躁状態です。躁状態では、次々とアイデアが湧き、関心や話題が飛び移っていきます。こういう場合、注意の転導性が亢進しているという言い方をします。

このように、注意力は、うつや躁うつのような気分の問題によっても左右されますので、注意が散りやすいという場合、ADHDばかりではなく、気分の問題も考慮する必要があります。特に、思春期以降に強まったという場合には要注意です。

ADHDと似ていて、必ずしも同じではない状態に、新奇性探求の強い遺伝子タイプがあります。この遺伝子タイプの人では、興味のないことや新味のないものには飽きっぽく、すぐぼんやりする一方で、真新しい刺激には注意が惹きつけらやすく、注意の転導性の亢進がみられることもしばしばです。

このタイプだからと言って、必ずしもADHDではないのですが、ADHDと同居することも多いので、同一視されてしまいやすいと言えます。高い処理能力を示すこともしばしばで、むしろ、頭の回転が速く、好奇心が旺盛な、有能な子どもと言えるでしょう。このタイプの子どもは、少し年齢が上がると、行動が落ち着き、学業や仕事において頭角を現すことも、よく経験します。

このタイプの子どもでは、受動的な状態に置かれると、覚醒度が低下する一方で、新奇な刺激に対しては、転導性が亢進しているため、どちらに転んでも、注意の持続は妨げられやすいと言えます。

そのことを踏まえると、注意の持続に課題のある子どもでは、ただ受け身的なトレーニングではなく、本人が主体的なかかわることが大事になってきますし、余計な刺激を減らしつつ、適度な新味をもたせるという工夫も必要になってきます。

百マス計算のような、単調な計算や処理を一定時間繰り返す課題は、注意の持続の能力を表します。注意の持続に課題があるかどうかは、行動を観察することでよくわかることが多いのですが、検査としては、WISCの「符号」という下位検査が、比較的良い指標となります。さらに良い指標としては、ブルドン抹消試験という検査があります。該当するものだけを、✔印で、消していくという単純作業をやり続ける検査ですが、途中のラップタイムを計測する点がミソです。注意力の維持に課題がある人では、急激に作業スピードが落ちたり、ムラが大きいのです。

ウィスコンシンカード分類検査でも同じような傾向がみられます。多くの人は一回目にエラーが多く、二回目には、学習効果によりエラーが減りますが、注意の持続が困難な人では、一回目は成績がいいのに、二回目に悪化するという逆パターンを示します。つまり、慣れていない状況の方が目新しいので刺激があり、集中力が高まるのです。ところが、通常は、慣れることで成績が上がるはずの二回目で、飽きが来てエラーが増えてしまうわけです。

注意の持続に課題がある人では、しばしばこういう逆パターンがみられます。一回目に受けた試験が良かったので期待していると、塾に通ったはずなのに成績が悪化するといった具合です。


② 選択的注意
選択的注意は、無関係な情報(ノイズ信号)に惑わされず、関係のある情報にだけ注意を選択的に向ける働きです。選択的注意が弱い人では、雑音のある環境では肝心なことに集中しにくく、また強い疲労を感じてしまいます。BGMや人の話し声が気になって集中できないという人や、喧騒の中で会話するのが苦手という人では、選択的注意が弱いと言えます。肝心な話ではなく、外の物音や話し声の方が耳に入ってしまうのです。

選択的注意が弱いときに起きやすい別の問題として、探し物が苦手ということがあります。選択的注意は、関係しているものだけを検索する能力だとも言え、そこが弱いと、無関係なものに注意を奪われ、効率よく必要なことだけを見つけ出せないのです。

選択的注意は、自閉症スペクトラムでも低下がみられやすいものです。また、精神的な悩みを抱えていたり、神経が過敏になっている状態でも、その機能が損なわれます。その結果、雑念や集中力の低下が起きます。不注意というと、ADHDと思われがちですが、そんなに単純な話ではないのです。

選択的注意を測定する方法としては、ストループ課題と呼ばれる検査の成績が、良い指標になります。また、WISC‐Ⅳの「絵の抹消」という課題も、選択的注意の指標となります。


③ 注意の転換
注意の転換は、注意の対象を切り替える働きです。注意の転換が弱い人では、目の前の刺激や反応パターンにとらわれてしまい、他に切り替えることが難しくなります。何かをやりだすと、止められなくなったり、一つの考えから抜け出せなくなったりしやすいと言えます。

注意の転換が悪い人では、視野が狭くなりがちで、過集中してしまうため、他のことに気づかないということが起きがちです。木を見て森を見ずになりやすく、あまり重要でないことにエネルギーや時間をかけすぎてしまうのです。

また、変化や異変に気づくのにも、注意の転換が重要です。注意の転換が弱いと、目の前で、いつもと違うことが起きていても、まったく気づかなかったりします。探し物をしたり、ミスをチェックするのには、さきほどの選択的注意とともに、注意の転換がかかわってきます。

注意の転換が弱い人では、WISCの「絵画完成」(絵を見て、欠けているものを答える検査)という課題やウィスコンシンカード分類検査の成績が悪くなる傾向がみられます。後者では、間違いだとわかっているのに、また同じエラーを繰り返す保続という現象がみられます。

集中力にあまり問題がないのに、周囲がよく見えていないタイプの人では、注意の転換に問題が起きているということが、よくあります。

自閉スペクトラム症に伴いやすい過集中は、この注意の転換や次の項で述べる注意の分配の困難が関係しています。
また、うつや不安が強く、否定的な考えにばかりとらわれている状態では、他のことに注意の切り替えができなくなっていることがあります。


④ 注意の分配
注意の分配は、同時に複数のことに注意を配分しながら、課題を行う働きです。注意の分配が苦手な人では、一つの作業をするときに比べて、同時に二つの作業をすると、ガクンと能率が低下してしまいます。

注意の分配と、注意の転換は、同じ機能の別の側面ともいえます。注意を分配して、複数のことを同時進行的にこなすためには、注意の転換が必要になるからです。

注意の分配が弱い人では、WISCの「記号探し」という課題の成績が、「符号」に比べて悪くなります。

なお、注意力全体の指標としては、DN‐CASという検査の「注意」という指標が優れています。三つの課題から標準化した注意力の指数を算出できます。残念ながらWISCやWAISの検査だけでは、また、DN‐CASでも、注意力の問題が検出できない場合があります。

このように単純そうに見える注意という機能をとってみても、意外に複雑な要素から成り立っているのです。注意力の問題といっても、四つのうち、一つの機能だけが弱い場合もありますし、いくつかの機能に問題がみられる場合や、四つすべての機能に困難がある場合もあります。

これ以外にも、注意力はメンタルな状態の影響を受けやすく、例えば不安や緊張が強いと、慣れない場や初めての人の前では、注意力が低下しやすいと言えます。先にも触れたように、うつ状態や躁状態、睡眠不足や疲労状態でも、注意力は大きく低下します。神経過敏や幻覚妄想がある場合も、低下が起きます。注意力の低下があるからといって、注意の障がいだとは限らないのです。

幼いころから続いているという場合にはじめて、発達障がいによる注意の障がいがある可能性が出てきます。

発達障がいのうち、ADHDの人に特徴的にみられるのは、①の注意の持続の困難です。一方、ASD(自閉スペトクラム症)では、①よりも、②選択的注意、③注意の転換、④注意の配分の方に困難がみられやすいと言えます。

注意の持続は、学力や知的能力に影響しやすい問題であるのに対して、選択的注意や、注意の転換、注意の配分は、それほど影響がなく、学力や知的能力が優れた人でも、これらが劣っている場合があります。技術者や研究者では、過集中の傾向をむしろ生かしていると言えます。ただ、②、③、④の問題も、実務面や社会生活の面では支障となりやすく、これらの特性について把握し、可塑性の高いうちからトレーニングしておくのに越したことはありません。

いずれにしても、一人一人抱えている困難さの混じり方は異なるので、診断名にとらわれず、それぞれの要素について、課題を把握するといいでしょう。

実はこれ以外に、もう一つ見かけ上、注意力が低下したようにみえる状態があります。それが、次の項で述べるワーキングメモリーの低下です。


⑤ ワーキングメモリーの低下
かつては、ADHDに伴う注意欠如の原因がワーキングメモリーの低下だとする説が有力だった時代もありました。しかし、今日では、注意とワーキングメモリーは、別の機能だと考えられています。脳機能の画像検査などの発達により、ワーキングメモリーと注意とでは、働く脳の領域も異なっていることがわかってきたためです。ただ、両者は密接に絡んだ働きであり、どちらが低下しても、結果的に計算や聞き取りなどのミスが増え、「不注意」とみなされるような事態になってしまいます。

症状だけからみると、ワーキングメモリーが低下しても、注意力が低下しても、同じような結果になるので、詳しい検査をしないと、見分けが難しい場合もあります。

ある女性は、物忘れや失くしもので困っていましたが、一般的な発達検査をしても異常がありませんでした。ワーキングメモリーの指数は120もあり、処理速度も110を超えていました。ところが、注意力に、より感度の高い検査をすると、標準化した指数が70台にとどまり、ほかの能力に比べて、著しく低いことがわかりました。この方のように、特別な検査しないと原因が見分けにくいというケースもあります。

見分けるポイントとしては、ワーキングメモリーの方に問題がある場合、暗算や暗記が苦手になりやすく、学業に影響が出やすいのですが、注意力の問題だけですと、知的能力が高いこともしばしばです。

実際のトレーニングにおいては、注意力だけとかワーキングメモリーだけというように限定する必要はなく、どちらも一緒に鍛えた方が効率的です。ただ、どちらも苦手な子どもにとっては、すごく大変なことをやらされてしまうことになりかねません。そこで、負担を減らすために、どちらか一方に力点を置く方法を用いた方が良い場合もあります。

発達検査でワーキングメモリーと呼ばれているのは、聴覚的ワーキングメモリーのことですが、聴覚的ワーキングメモリーが低い子で、注意力も弱いという場合には、いきなり聞くことに集中する課題を与えても、うまくできませんし、嫌になってしまいます。そこで、比較的得意な視覚的な課題や作業的な課題を用いて注意力のトレーニングをするというのがお勧めです。

そして、ある程度、達成感を味わい、モチベーションを高めたうえで、その子にとって難易度の高い聴覚的ワーキングメモリーと注意力を必要とする課題にチャレンジするのがうまくいきやすいです。

⇒注意力を高めるトレーニングの例

2.ワーキングメモリーを鍛える

ワーキングメモリーが思考を支えている
ワーキングメモリーは、数秒から数十秒くらいの短い時間、聞いたことや見たことを一時的に記憶しておくメモ的な記憶で、「作動記憶」と訳されます。聞いたことを頭にとどめておく聴覚的ワーキングメモリーや見たことを脳裏にとどめておく視覚的ワーキングメモリーなどがあり、感覚のモードごとに分化していると考えられています。人によっては、聴覚的ワーキングメモリーが弱くて、聞いたことはすぐ頭から抜けてしまうけど、目で見たことなら、比較的長く頭にとどめて置ける人もいますし、その逆の人もいます。

 それぞれが、ある程度独立している機能なわけですが、共通する部分もあり、ベースにあるワーキングメモリーが弱いと、どちらも弱いだけでなく、頭に考えていることを保持することが難しく、複雑な思考を行うことが困難になります。

「五百円の品物を一割引きで買って、千円出したら、おつりはいくらでしょう」という問題を、頭の中で考える場合、五百円とか一割とか千円といった数字を覚えておくだけでなく、品物を割引で買って、お金を支払い、お釣りをもらうという一連の状況を理解し、頭にとどめておく必要があります。どちらもワーキングメモリーが必要で、数字の正確な記憶と、状況やプロセスの把握、そして、その両方を頭に保持することができてはじめて、式を立て、計算をすることも可能になるのです。もちろん、式を頭にとどめて、暗算で計算するのにも、ワーキングメモリーが必要です。

 ワーキングメモリーは、思考する場合のメモ帳のようなものです。実際、ワーキングメモリーが弱い人では、すぐにメモし、メモしたものを見て考えると、だいぶ思考も進めやすくなり、見落としやミスを減らすことができます。

 ワーキングメモリーは、計算や聞き取り、文章を読むといったことだけでなく、あらゆる作業やコミュニケーションに必要です。作業をするのに手順や与えられた情報を覚えておかなければ、うまくこなせませんし、相手の発言を覚えていなければ、トンチンカンなコミュニケーションになってしまいます。

さらに複雑な思考や推論、判断をする場合には、ワーキングメモリーがフル回転することになります。ワーキングメモリーが弱いと、目の前の一つか二つの情報だけから判断して、短絡的な反応をし、まんまとワナにひっかかってしまいます。

たとえば、次のようなスリーヒント・クイズが出されたとします。
「それは、酸っぱい食べ物です。黄色い色をしています。カタカナで三文字の言葉です。さて、それは何でしょう」

最初の「酸っぱい食べ物です」という条件を忘れてしまい、「黄色い色をしています」と「カタカナ三文字の言葉です」という情報だけで考えると、「バナナ」と答えてしまうかもしれません。

 現実の出来事では、たくさんの情報が与えられて、そこから適切な答え(反応)を弾き出さねばならないわけですが、大事な情報が一つでも落ちてしまうと、とんでもない答えを出してしまうことになります。

 ワーキングメモリーが弱い場合に生じやすい問題の一つとして、学習の問題があります。聴覚的ワーキングメモリーが弱い子の場合、ヒアリングが苦手です。先生の話を聴くという形式の授業では、頭に入りにくいと言えます。図や映像や具体的な作業や実験ならとっつきやすいでしょう。本を読みながら、自分で勉強した方が頭に入るという場合もあります。

 視覚的ワーキングメモリーが弱い子どもでは、書き写すということが苦手になります。板書なども困難です。読んだものが頭に残りにくく、本を読むより、話を聞いた方が、理解しやすいでしょう。ワーキングメモリー全般が弱い場合には、知識を獲得することが困難になりやすく、応用問題などは特に苦手です。学習障がいの子では、ワーキングメモリーの低下を伴うことが多いと言えます。

 学習障がいの要因は一つではなく、さまざまですが、ワーキングメモリーが弱いことが、一つの重要な要因となっています。


ワーキングメモリーのアセスメント
 聴覚的ワークングメモリーが弱い時に起きやすいことは、読むのに比べて、聞き取りが弱く、聞いていたはずなのに、言われたことが頭から抜けてしまうということです。また、暗算をするといったことも苦手ですし、込み入ったことを頭で考えるのも難しく、いくつかの条件を使うような複雑な課題になると、頭がすぐこんがらがります。

 数字の逆唱、(たとえば、3-7-6-4であれば、4-6-7-3と答える)は、ワーキングメモリーの一つの指標です。あくまでおおざっぱな目安ですが、6~7歳では4桁、8~10歳では5桁、11歳以上では6桁できれば、よいでしょう。大幅に下回る時は、ワーキングメモリーが弱い可能性があります。

 正確な測定のためには、WISCなどの検査をする必要があります。WISCの作動記憶という指標が、ワーキングメモリーの指標です。「数唱」「算数」「語音整列」の三つの課題があります。


ワーキングメモリーは訓練次第で強くなる
 珠算の達人では、何十桁もの数字の計算を暗算でこなしてしまいます。膨大なワーキングメモリーをもっているわけです。珠算の達人では、暗算を行っているとき、視覚に関連する領域が活発に働いていて、視覚的なワーキングメモリーも使われていると考えられています。

 こうした達人も、最初からそういう神業的な暗算ができたわけではありません。訓練の積み重ねで、その域にまで達したわけです。

 ワーキングメモリーは、決して固定した能力ではなく、使えば鍛えられて強くなりますが、優れたワーキングメモリーをもっていても、使わなければ衰えてしまいます。

 学校時代、われわれが日々取り組んだ学習は、ワーキングメモリーの訓練という側面があります。毎日宿題に出ていた計算と漢字は、どちらもワーキングメモリーの訓練にもってこいです。

 ただ、どちらかというと視覚的なワーキングメモリーの方にウエイトがおかれているかもしれません。従来の日本の教育では、聴覚的なワーキングメモリーを鍛える訓練は、意外に少なかったと言えます。海外の語学の授業では、ディクテーションといって、先生が読み上げた文章を、書き取るという学習法がよく使われます。この方法は、聞き取りと書き取りの両方を訓練できるので、とても効果的にワーキングメモリーを鍛えられます。

 文章を丸暗記し、そらで唱える暗唱という方法も、古典的ですが、ワーキングメモリーを鍛えるのに有効な方法です。

 トロイ遺跡の発掘で有名なシュリーマンは、十か国語以上を操る語学の達人でしたが、彼はその日勉強した外国語の文章を、必ず暗唱することにしていました。暗唱するのは、最初はとても難しいことに思われますが、やっているとメモリーがどんどん強くなり、苦労せずに覚えられるようになるものです。

 しかし、もともとワーキングメモリーが弱い子に、こうしたことを無理強いしても、挫折してよけい嫌になってしまうだけです。遊びの要素を取り入れて、楽しみながら、ワーキングメモリーを鍛えていく工夫が求められます。
 
 ⇒ワーキングメモリーを鍛える実際のトレーニング例


3.言葉や会話の力を高める

言葉の遅れや課題
言語の発達は運動や社会性の発達と並んで、子どもの発達において一つの大きなテーマと言えるでしょう。一歳~一歳半では、単語をいくつか言うのがやっとですが、二歳になる頃には、二語文を話し始めます。三歳ごろから言葉は急速に発達し始め、自分の欲求や意思を伝えたり、親の言っていることを、ある程度理解できるようになります。順調にいくと四歳には、話し言葉がほぼ完成し、おおむね使いこなせるようになってきます。

とはいえ、一般的な発達のプロセスが誰にでも当てはまるわけではなく、物理学者のアインシュタインや小説家のフローベールのように、四歳までほとんど言葉を発することなく、その後急速に高度な言葉を使いこなせるようになる子もいます。

最初の発語(初語)が早いからと言って、必ずしも話し言葉の完成が早いとは限りませんし、言葉が遅くても、知能が優れている場合もあります。運動の発達と言葉の発達のペースも、必ずしも一致せず、早く歩けても、言葉がゆっくりということもあります。

その一方で、言葉、運動、社会性といったそれぞれの機能は、独立に発達するのではなく、絡まり合っています。

およそ言えることは、話し言葉の発達は、社会性の発達とほぼパラレルだということです。話し言葉が遅い子では、社会性の発達もゆっくりであることが多いのです。逆に言うと、社会性の面での発達が進むと、話し言葉の発達も起きてきます。したがって、言葉だけを切り離して学ばせるよりも、社会的なかかわり合いや情緒的な交流を豊かにすることに力を注いだ方が有効なことも多いのです。

ときには、一緒に体を動かすといった取り組みによって、言葉が出るようになることもあります。体を動かすことで、脳の成長が促されるだけでなく、一緒に体を使った活動をすることで愛着が深まり、活動を共有する体験がコミュニケーションへの欲求を刺激して、言葉が出始めるのでしょう。

したがって、言葉のトレーニングだからといって、あまりそこに特化しすぎずに、さまざまな要素を盛り込み、脳のいろんな領域や機能を刺激した方が、言葉の発達を促すだけでなく、他の面での発達にもつながります。このことは、幼い時ほど言えることです。

 そもそも言葉が出るためには、その前の準備段階として、発声ができ、音を操って言葉にする喉や舌の発達が培われる必要があります。発声する音を調整することを構音といいます。発声や構音がうまくできるためには、口や舌、喉、呼吸器、横隔膜、胸筋や腹筋などの筋肉の機能も発達しなければなりません。そのためには、声を出して遊んだり、笑ったり、食べたり、噛んだり、飲み込んだりといった動作もしっかり行うことが大切です。歯を磨いたり、うがいをしたりということも、よい刺激になります。吹くという動作も、発声と共通するところが大きく、発声が弱い子では、シャボン玉遊びや笛を吹くことは、格好のトレーニングになります。
 
始終テレビやBGMが鳴り続けている環境は、子どもにとって、どの音に注意を向ければいいのかわかりにくく、マイナスになる場合もあります。言葉が早い子では、母親や周囲の大人がよく喋り、子どもにも語りかけている傾向が見られます。周囲の雑音を減らして、言葉によるコミュケーションが豊かな環境を心がけるとよいでしょう。


言葉の力のアセスメント
言葉の能力を把握するうえで、受容性言語能力(話し言葉を理解する能力)と能動性言語能力(言葉によって自分を表現する能力で、「表出言語」ともいう)に、分けて考えられることが多いと言えます。二つの能力は、使われる脳の領域も異なり、ある程度独立した能力ですが、もちろん共通する部分もあります。通常は、受容性言語能力を土台にして、能動性言語能力が発達していきます。あまり話さない子も、こちらの話は理解しているということも多いわけです。つまり、受容性言語能力>能動性言語能力ということが多いのです。

ところが、非定型な発達の子では、受容性と能動性の言語の発達のバランスが違う場合があります。自分から難しい話をいくらでもできるのに、相手の簡単な話も、すんなり頭に入らないということがあります。注意力やワーキングメモリーの問題によって、こうしたことが起きる場合がありますが、そうした原因が見当たらない場合でも、相手の話を理解するのが、自分でしゃべるよりも苦手ということが、少なからずあるのです。アスペルガー症候群とよばれるタイプの自閉スペクトラム症のケースでは、しばしばそうしたことがみられます。

言葉の力をアセスメントする場合、受容性と能動性の言語能力が、それぞれどれくらい育っているのかということと、そのバランスはどうなのかという点が大事になります。

まず、身近な会話をしながら、こちらの問いかけを理解し、それに適切に答えられているのかをみていきます。質問に的確に答えられているか、基本的な言い回しや語彙を使いこなせるか。質問と関係のない答えや脱線が多くないかといった点に注意を払います。

受容性の言語理解に比して、表出性の言語能力が著しく低い状態を、表出性言語障がいといいます。言葉が遅い子どものうち、多いのはこのタイプです。こちらの話はわかっているけど、自分からはしゃべらないというものです。ある時期が来ると、問題なく話し始めることが多く、それほど心配しなくていいですが、愛着形成や社会性(人とのかかわり)の面での発達は大丈夫か、注意しておく必要があります。

それに対して、受容も表出もどちらも落ちているタイプは、混合性言語障がいと呼ばれ、知的発達や運動面の発達の遅れ、行動面の問題にも結びつきやすいとされます。いっそう注意深い対応が必要です。

また、表出性よりも受容性の方に困難があり、よくしゃべるけど、一方通行のコミュニケーションになりやすいのが、アスペルガー症候群にみられるタイプの一つです。

発音が不明瞭だったり、抑揚が不自然だったり、言葉がつかえスムーズに話せなかったりといった問題も、頻度の高い問題です。発音が不明瞭で、生活に支障が出ている状態は音韻障がいとよばれます。言葉がつかえる吃音症とならんで、頻度の高いものです。音韻障がいは言語聴覚士による言語訓練が有用ですし、吃音症には、トレーニングやプレイセラピーが有効な場合があります。

別の理由で、言葉がスムーズにしゃべれない場合もあります。緊張のため、人前で話すことが苦手だったり、避けようとしたりするものは、社交不安障がいと呼ばれますが、緊張しない場面では問題なくしゃべれます。それがさらに強まって固定化したものが選択性緘黙(場面緘黙)です。家庭ではよくしゃべるのに、クラスでは一言も話さないというものです。いずれも、プレイセラピーやトレーニングが有効です。


言葉の発達を促す働きかけ
言葉の発達は社会性の発達や、さらにその前提となる愛着形成を土台として進んでいきます。そのことは、言葉の発達を促していくのには、どのような働きかけが効果的かということにも関係しています。たとえば、コロラド大学のワイス博士によって開発され、大阪教育大学の竹田契一氏によって日本に導入された「インリアル」とよばれるアプローチにおいて重視される方法は、愛着形成を促進する方法と重なる部分が多いのです。

インリアル・アプローチの基本的な技法には、子どもの表情や動作を、そのまま映し返すミラリング、子どもの発した音声をそのまま反響させるモニタリング、子どもの言葉を代わりに言うパラレルトークなどがありますが、それらは、愛着形成において重要視される共感的応答にほかないと言えます。こうした働きかけは、特別な技法というよりも、昔から、どのお母さんもやってきたことです。

① ミラリング(非言語的応答)
子どもの動作や表情を、そのまままね、鏡のように映し返すことです。子どもが笑えば一緒に笑い、手を差し出せば、こちらも手を差し出します。子どもがしていることを一緒にして、子どもの気持ちになって楽しみます。
模倣から始まる社会性の発達の原点は、ミラリングにあると言えるでしょう。子どもの方も、相手の表情や動作をまねようとします。このような非言語的な応答をすることは、愛着形成の重要な一歩でもあります。

② モニタリング(音声的応答)
子どもが発する声や片言をそのまままねることです。子どもの声の調子に合わせて、同じ情緒的なトーンでまねることがポイントです。子どもは自分の発した声に、やまびこのように応えてくれることを感じ、相手と響き合う喜びを味わう中で、情緒的チューニングや共感を学んでいきます。

実際、こちらが子どもの声のトーンに合わせていると、子どもも、こちらの声のトーンに合わせて、声を発し、意味をなさない音声であっても、気持ちや気分を共有できるようになります。もちろん、ミラリングも同時に行えば、目が合って、笑顔をかわすといった非言語的な交流も生まれ、共感へとさらに一歩近づきます。子どもが何か声を出すと、すぐに答えて、声を出し、表情豊かに反応するとよいでしょう。

③ パラレルトーク 
パラレルトークは、一人二役で、子どもが感じること、思うことを、代わって言うことです。言葉の発達を促すうえで、非常に重要なステップであり方法です。ミラリングやモニタリングが、動作や表情、声を合わせて応えるという非意味的な応答が中心だったのに対して、パラレルトークは、意味をもったコミュニケーションの原点で、非言語的な応答を言語的な応答へとつなげていく役割を果たします。「ジュース、どうぞ」とジュースを渡し、子どもが飲み始めたら、「おいしいね」と、子どもの感想を代弁するような語りです。

子どもは何もしゃべっていないのですが、世話をしてくれる人のパラレルトークを、何度も聞く中で、漠然としていた気持ちや感覚を、意味のある言語として体験し、自分のものにしていくのです。

パラレルトークが不足すると、子どもは自分の気持ちや感覚を理解することも、言葉にして表現することも身に付きません。

このパラレルトークがうまくできるためには、子どもの気持ちを子どもの立場に立って汲み取り言葉にすることが必要になります。親自身が共感性や社会性に課題を抱えていると、それがスムーズにできにくいのです。親自身の努力も必要ですが、そうしたことに長けた人にもかかわってもらい、良い刺激を増やすことも有効な方法です。その場合も、愛着が生まれて、子どもはその人とコミュニケーションしようとし、言葉も生まれていくので、不特定多数の人ではなく、同じ人に継続的にサポートしてもらうことが重要です。

④ セルフトーク
セルフトークは、親やトレーナーが、自分の側の視点で話すことです。子どもの気持ちを汲み取り、共感的に応答することが百パーセントを占めればいいというわけではなく、親やトレーナーの側の事情や気持ちを話して伝えることも、バランスの良い発達のためには必要なのです。「ママ、ちょっとガスを止めてくる」とか「あっ、電話が鳴ってる。待ってて」といったコメントも、セルフトークですし、「これ、結構むずかしいな。先生にもできるかな」と気持ちを言ったり、「先生も、一緒にやりたいな」と話しかけることもセルフトークだと言えます。

さまざまな場面で、そうした言葉を聞くことも、言葉や会話の発達を刺激するだけでなく、自分と他者が異なる事情を抱えた別の存在で、相手をすべて思い通りになるわけではないということを理解したり、相手に事情や気持ちを説明するスキルを学ぶ手本とすることもできるでしょう。

セルフトークが少なすぎるのも問題なわけです。説明もなく行動したり、気持ちを言葉で表現せずに、態度を変えたりすることは、子どもを混乱させ、不安の強い子にしてしまいます。きちんと必要なことを言語化して伝えるという態度が、親やトレーナーには求められます。

しかし、通常の育児では、親側のセルフトークが多すぎることもしばしばです。セルフトークが多すぎる場合は、親の独り言ばかりを聞かされているようなもので、親の気分や都合にばかり支配されて、自分の気持ちを言葉にする力が育ちにくく、愛着や共感性の面で問題を抱えやすいでしょう。

子どもが何を言おうとしているのかを汲み取って、言葉にするパラレルトークや次のリフレクティングなどを増やすことが、必要だと言えるでしょう。

⑤ リフレクティングとエクスパンション
パラレルトークやセルフトークは、言語的なやりとりとは言え、主にしゃべっているのは親やトレーナーです。しかし、話し手との間に愛着が生まれ、安心感や共感の喜びが育まれてくるにつれて、自分も感じたことや見つけたことを伝えたいという気持ちが沸き上がってきます。

言葉にならず、指で示したり、表情や手振りで伝えようとするかもしれませんが、パラレルトークを繰り返すなかで、自分が伝えたいことを表す言葉が次第に定着し、自分からもそれを口にするようになります。最初はちゃんとした言葉でないことの方が多いでしょう。喜びや興奮を、意味のない声を上げることで伝えようとするかもしれません。それでいいのです。伝えようとしている気持ちや驚きを共有し、それをパラレルトークで、言語化することを繰り返していくと、意味のない音声は、意味のある言語に置き換わっていきますが、まず何かを伝えたい、共有したいと思うことが出発点です。

言葉の正しさや正確さにこだわりすぎないことも大事です。伝えようとしていることを受け取り、トレーナーも、その気持ちや驚きを共有すればいいのです。

そして、子どもの発した言葉を、より正確な言い回しにして返すのが、リフレクティングです。間違っているといった指摘はせずに、ただ言い直します。さらに、子どもの言葉に、少し付け足して膨らませるのがエクスパンションです。

たとえば、お花に止まっている蝶を見て、「チョウチョウ……」とだけ、言葉が出たとします。「チョウチョウが止まっているね。羽がきれいだね」と、本人の気持ちに沿って、完全な文にし、表現を少しだけ膨らませればいいのです。それに子どもが、「きれい」とか、言葉を返してくれば、またそれに合わせて、会話をつなげていくわけです。

⑥ モデリング
モデリングは、子どもの関心からそれないようにしつつ、新しい表現や会話の手本を見せることです。「チョウチョウは、お花の甘い蜜が好きなんだよ。ハチミツ食べたことある?」といった答えやすい質問を投げかけてみるのもよいでしょう。「食べたことある」という返事が返ってきたら、「どんな味がした?」といった質問をして、会話を広げていきます。

この場合も、大人側の関心が中心になってしまわないように、あくまで子どもの関心がついて来れているか、つねに注意してください。子どもの視点や関心に寄り添い、本人と驚きや喜びを共有することが、何より大切です。

遊びの中から言葉を紡ぐ
前項で述べたような働きかけを行うわけですが、それが効果的になるための格好の舞台が、遊びや一緒に何かをする共同作業です。言葉を教えるというスタンスでは、かえって自然な言葉の発達が生まれにくいのです。遊びや作業といった場を介して、そこにトレーナーがかかわることによって、コミュニケーションが生まれる準備が整い、言葉も育っていきやすいのです。

会話がまだ成り立ちにくい子や自発的な発語が乏しい子では、遊びや体を動かすことを通したトレーニングが一層重要ですし、効果的です。そこで行うことを一言でいえば、一緒に何かをする中で言葉を紡いでいくということです。先にも述べたように、子どもが関心を向けているものに、一緒に関心を注ぎ、共有された体験を、少しずつ言葉に置き換えていくという作業を積み重ねていくということです。

大変長い時間がかかるように思われるかもしれませんが、熱意あるトレーナーが、そうしたかかわりを丹念行っていくと、意外なほど短期間に進歩がみられます。こちらの方が驚かされることもたびたびです。


語彙や表現力を育てる
 言葉の発達は奥が深く、無限に続く長い階段だといえます。しかし、どんなに長い階段も、一段ずつ登るしかありません。その階段を、決して苦しみの階段にする必要はありません。一段一段を楽しみながら登っていくことが、とても大事です。遊びの要素を常に大切にして、楽しみながら学んでいく取り組み方が、見違えるような進歩にもつながるのです。
 
言葉の発達の上では、コミュニケーションと不可分な、話し言葉の発達が基本ですが、非定型な発達の子では、話し言葉の発達が遅い一方で、文章語や独り言のような、一人語りの能力のほうが先に発達を遂げることもあります。それを、「障がい」とみる必要はなく、むしろ才能とみたほうがいいでしょう。
 
実際、順番は逆でも、一人語りの力がついてくると、やがて話し言葉の力につながってくるものです。そういう子では、難しい言葉を使ったり、文章のように整いすぎた言葉を話す傾向がありますが、さらに経験を積んでいくと、より巧みな会話ができるようになっていきます。最終的な到達点は、どちらの方が優れているとも言い難いですし、誰もが同じような発達の経路をたどる必要はないと思います。

 言葉の能力が伸びてくるうえで、一つの目安になるのは語彙の獲得です。語彙がどれくらい豊富であるかということは、言語的な能力の良い尺度です。語彙を獲得するためには、新しい言葉に興味をもち、自分もそれを真似ようとすることが必要です。

語彙の豊富な子どもは、知らない言葉に対して敏感で、すぐに興味を示します。トレーニングにおいて重要な一つのことは、言葉に対する興味や関心を刺激し、もっと言葉に注意をはらったり、その面白さを感じられるようにすることです。

また、言葉の獲得の基本原理は、模倣することです。ほかの人が喋っている言い回しを覚えて、それを真似るのが得意な子は、言葉を早く身につけることができます。子どもの脳は真似るのが得意で、真似ることでみるみる吸収していくのです。

ひとり遊びの中で再現したり、覚えたばかりの言葉を使ったりして練習するということも多いでしょう。独り言を言いながら人形などで遊ぶことは、言葉の獲得にとても有効な方法なのです。

それゆえ、言葉の豊かな発達のためには、周囲の大人が豊かな言葉と表現力で、会話を楽しんでいることが何より大切です。トレーニングでは、特にそうした機会になるように、心がける必要があります。トレーナーはたくさん喋りかけ、たくさん会話をかわし、それを楽しむことです。

会話が少ないご家庭では、テレビのドラマやアニメの登場人物のやり取りを聞くことも、大事な学習の機会です。ただし、子どものバランスの良い発達という観点から言うと、モデル(手本)とするのにふさわしい内容のものを選ぶことは大切だと思います。

⇒言葉や会話を育む実際のトレーニング例


4.場面緘黙のケースのトレーニング

場面緘黙とは
おうちでは普通にしゃべっているのに、学校や人前では一言もしゃべらない状態は、「場面緘黙」とか「選択性緘黙」と呼ばれ、結構頻度の高い問題です。

 しゃべらなくても、友達と遊べることも多いのですが、学年が上がるにつれて、周囲からおいていかれがちになり、内向的な性格が強まったり、自分に自信のないことになりやすいと言えます。

 ベースに自閉的な発達の問題がある場合もありますが、そうした問題はなく、不安や緊張が強いということが影響しているケースも多いと言えます。場面緘黙は、放置しているだけでは、なかなか改善しません。

 とはいえ、場面緘黙の子では、いきなり話すことを改善目標に掲げすぎると、それが強いプレッシャーになり、トレーニングが苦痛になってしまいます。まずは、一緒に楽しんで遊ぶといっことを大事にした方がよいでしょう。関係ができてきた段階で、本人の気持ちも聞いて、言葉を発する練習をしてみたいということになれば、言葉を発するトレーニングにも取り組んでいきます。

 いったん言葉が出るようになると、社会性のトレーニングなど、幅広いトレーニングをしたり、カウンセリング的に本人から困っていることや学校、家庭の状況などを話してもらうことで、気持ちを整理したり、自己表現力を高めていきます。

⇒場面緘黙のケースのトレーニング例


5.視覚・空間的な能力を高める

視覚・空間処理の能力とは
視覚・空間情報処理(以下、視覚・空間処理)の能力は、動作性知能ともよばれ、目から入ってきた情報を記憶したり、そこから意味を読み取ったり、推理したり、目からの情報と手足の運動を連動させながら行動を行ったりする機能を指します。

視覚・空間処理が弱いと、運動が苦手となったり、手先が不器用になったり、体のバランスが悪く、動きがぎこちなかったり、図形や立体がわかりにくかったり、状況を瞬時に判断し、臨機応変に対応することができなかったり、作業がてきぱきとこなせなかったりしてしまいます。

視覚・空間処理にも、さまざまな機能がありますが、WISC‐Ⅳでは、知覚推理処理速度に分けられています。知覚推理は、図形を操作したり、絵や図形の情報から推理したりする能力を表しています。処理速度は、目と手を使って行う単純な作業を、素早く正確に行う能力で、一つずつ課題を行う逐次処理と、同時に二つの課題を行う同時処理の能力が含まれます。

知覚推理には、規則性を見出したり、概念化したり、再構成したりといったより高度な情報処理が必要だと言えます。それに対して、処理速度は、一つ一つのタスクは単純だけども、それを速く正確に行う能力が求められます。

行動上の不器用さや実務的能力は、処理速度の方に反映されやすいと言えます。処理速度が表している能力は、実行機能とも呼ばれ、先に出てきた注意力も関係してきます。

それに対して、知覚推理には、より高度な視覚系の認知能力(イメージを扱う能力や予測・推理する能力など)が反映されます。知覚推理が低いと、高度な数学や図形、グラフの理解、文章をイメージ化する必要がある応用問題、パソコンや車などの機械操作が苦手となりやすく、また、目に入った情報から状況判断したり、場面や表情から暗黙の意味を読み取ったりすることも難しくなりやすいと言えます。

絵を描いたりするのが得意だと思っていたのに、検査をすると知覚推理が低く、がっかりされる場合がありますが、絵を描く能力と知覚推理とは別の能力なのです。同じ視覚・空間的情報処理でも、絵を描く能力は、具体的なイメージを操る能力であるのに対して、知覚推理の能力は、抽象的な認知的能力なのです。前者が、イメージをイメージのまま扱うのに対して、後者におけるイメージは、意味や構造を表すものなのです。

数学や物理といった領域では、抽象的なイメージを操る能力が不可欠です。物体や力、加速度、電流や磁界といった抽象的な存在を、どれだけクリアにイメージできるかが、ものを言います。これに関係するのが、まさに知覚推理の能力だと言えます。

ただ、知覚推理が高い人でも、場面や表情の読み取りといった社会的認知が悪い場合もあります。情動の理解や共感には、別の能力も必要だからです。知覚推理は、あくまで知的な側面を表す指標で、社会的認知にもかかわっていますが、それだけで決まるわけではないのです。

また、視覚・空間処理の能力として、手先の巧緻性や身体運動能力も重要ですが、WISCの検査では、ほとんど測定されない機能です。これらの機能を客観的に評価するためには、他に複数の検査を行う必要があるわけですが、わざわざ検査をしなくても、日常生活や学校生活での状況が良い指標になります。

こぼさずに、きれいに食事ができるか。文字や絵を描くのが苦手ではないか。積み木を積んだり、ブロックで形を作れるか。歩くときや走るとき、体のバランスが悪くないか。よくつまずいたり、転んでケガをしないか。体育やスポーツは得意か。特に球技が苦手ではないか。チームプレイの必要な球技が、うまくできるかという点は、相手の動きから相手その意図を読み取る能力や状況判断能力が備わっているかをよく反映していると言えます。

 したがって、視覚・空間処理の能力を鍛えるうえで、身近でとても役に立つものとしては、積み木やブロック玩具がありますし、お絵かきや粘土遊び、はさみで紙を切ったり、プラモデルを作ったりすることも、良いトレーニングです。また、スポーツや運動をすることも、優れたトレーニングになりますし、楽器を習うことも効果的です。

ピアノの話が出てきましたが、ピアノを習うことも、非常に効果があります。なぜかというと、発達に課題がある子どもでは、左右の脳の統合が弱い傾向があるのです。左右の脳は脳梁という神経線維の束で結ばれているのですが、それが未分化で、うまく情報の交通整理ができないのです。

 ピアノは左右の手を別々に動かすという訓練をすることになるので、脳梁の分化・発達を促進するうえでも、とても有効なのです。

 一つのスポーツや楽器を究めるというのもいいですが、発達の観点でいうと、同じ回路ばかり使うのではなく、多様で新しい反応パターンに挑戦することも刺激になります。ときには違うスポーツや楽器にチャレンジするのもよいでしょう。

 教室やご家庭で、発達のトレーニングに取り組むという場合にも、手足を使う運動を息抜きに取り入れることもありますが、やはりトレーニングの中心は図形や文字をかいたり、形や立体を理解したり、それを使って構成したりといった知的側面に重きが置かれることが多いといえます。将来、数学や物理を理解するのにも、パソコンでCGやアニメを制作するのにも、イメージを操る知覚推理の能力が必要になります。視覚情報や映像が重要性を増していることもあり、技術的な仕事にも、科学的な領域でも、知覚推理の能力は欠かせなくなっているのです。

 一方、処理速度も重要です。処理速度は、仕事ができるかどうかの端的な指標です。学習面でも、処理速度が遅いと、制限時間内に解答できなかったり、期限までに提出物を出せなかったりという問題を生じやすいといえます。知識があっても、生かし切れない要因となります。

 ご家庭では、ぜひ家事を手伝うことに、早く取り組ませると、実行機能のよい訓練になります。

処理速度を鍛えるトレーニングは、ひたすら計算を繰り返すような単調なものになりやすいので、トレーニング時間の一部だけをそれにあてた方がよいでしょう。処理速度だけを鍛えるというより、注意力とか同時処理、図形認知、目と手の協応など、その人の弱い点を盛り込んだ課題に取り組むことで、どちらもトレーニングできます。


手足を連動させた運動と体のバランス
脳は左半球と右半球に真っ二つに分かれていて、左右の半球は、脳梁という神経線維の束で結ばれています。発達障がいの子どもや大人では、この脳梁の発達が悪く、神経線維も乱雑で、未整理な傾向があります。左右で別々の動きをしながら、かつ協調させるといった運動をすることは、左右の脳半球を連動して働かせることになり、脳梁の発達を促すと考えられます。

ごく身近な例で言うと、歩くといったことも、左右の手足を別々に動かすだけでなく、全体のバランスを保ちながら、一つの連動した動きになる必要があります。さらにボールをキャッチするとか、蹴るといった運動が加わると、目や手足を、より複雑に連動させながら動かす必要があります

発達障がいのある子どもでは、この連動がうまくいかないため、ぎこちない動きになります。歩き方を見ても、どこかバランスが悪いことが多いのです。

左右交互の動きや左右を交差させた動きをすることは、良い刺激になります。ピアノといった楽器の演奏も、手が左右別々の動きをしながら、同時に一つの楽曲を奏でるという自律と協調という二つの役割をこなすことで、左右の脳をうまく連動させられるようになります。

協調した動きがスムーズになるためには、ひとまとまりの神経細胞が連動しながら働く必要がありますが、発達障がいの場合には、脳の神経細胞が同期して興奮する仕組みが弱いということも言われています。期し、働く仕組みを刺激するためにも、左右の手足を別々に、かつ、同期させて使うような運動が効果的だと考えられます。

⇒視覚・空間能力を高める実際のトレーニング例

目と手を使うトレーニング
発達に課題のある子では、しばしば眼球運動(目を上下左右に動かす動き)が円滑でないことがあり、物を目で追ったり、二つの物を見比べたり、物を探したりということに微妙に支障を伴い、不器用さの一因になります。
絵をかいたり、球技をしたりするのは、目と手を使う格好のトレーニングですが、しばしば苦手なことが多く、否定的な評価をされたりすると、まったくやらなくなってしまいます。否定的な発言は慎み、本人の頑張りをさりげなくほめてあげてください。苦手でも、できたら楽しいものですし、やることで上達にもつながります。


ヴィジョン・トレーニング
アイコンタクトが乏しいというのは、自閉スペクトラム症(ASD)の代表的な症状の一つです。それ以外にも、ASDなど発達の課題をもったお子さんには視覚に関係するさまざまな症状が見られます。目をスムーズに動かせないといった眼球運動の問題が少なくありません。

目で、指先の動きを追ってもらうと、頭や体も一緒に動いてしまうのです。それを止めて、目だけを動かそうとすると、引き戻されるように左右に不連続な動きをすることもあります。

また、二割くらいに斜視が認められるとも言われています。視力の低下を伴いやすく、目を細めたり、閉じたりする行為や、指の間から向こうを眺めたり、目をこすったり、目を大きく開いたりする動作も特徴的です。電灯をじっと眺めたり、くるくる回る物や光に惹きつけられたりすることも、よくあります。人や物によくぶつかったり、けつまずいたり、身のこなしが不器用だったりするのにも、視野や目の動きの問題が関係していることが多いのです。

左右の両方の目が、一つの視野を結ぶためには、左右の脳の間で情報の伝達がスムーズに行われる必要があります。また、運動や作業を器用に行うためには、視覚と手足の動きを、うまくシンクロさせる必要がありますが、視覚と手足では、コントロールしている脳の領域が違います。手は、反対側の脳(右手なら左脳の前頭葉運動野)によって制御されますが、目は、左右半分ずつの視野に分けて、それぞれ反対側の脳(後頭葉)で情報処理が行われます(そのため、左側の後頭葉をやられると、どちらの目も右側半分が見えなくなります)。手と目では情報処理の仕方が微妙に食い違っているため、目と手を組み合わせて用いる動作は、神経発達の影響を鋭敏に受けやすいのです。

ASDなど発達の課題があるお子さんでは、視覚の問題以上に、視覚と運動を組み合わせて使いこなすのが苦手です。本を読んだり、学習したりする場合にも、スムーズな目の動きが必要ですし、社会的スキルを使いこなすためにも、目と手足を連動して使いこなすことが求められます。運動面だけでなく社会的スキルの不器用さにも、学習の問題にも、しばしば視覚の障がいがからんでいるのです。

この領域のパイオニアの一人であるカプランによると、自閉症も含め、精神的な障がいをもつ人の三分の二に、何らかの視覚機能障がいがあり、ことに重度で、慢性の精神障がいがある人では、その割合は八五%近くにも上るとのことです。カプランによれば、自閉症にみられる目をきょろきょろさせたり、体をくねらせたり、同じ動作を繰り返したり、髪の毛を抜いたりといった自己刺激的な行動も、視覚機能の欠陥を埋め合わせたり紛らわせたりするために行っている面があるというのです。

 逆に、その点をトレーニングすることは、視覚的な能力のみならず、学習や社会性など、さまざまな面での改善が期待できます。

こうして、ASDのみならず、学習障がいなどの改善にも取り入れられているのがヴィジョン・トレーニングです。ことに斜視があったり、眼球運動がスムーズに行えないケースには、効果が期待できます。ヴィジョン・トレーニングは、両眼を協働させながら、うまく使いこなす訓練だと言えます。

⇒目の動きや目と手の協応機能を改善するトレーニング例


書字の課題のトレーニング
 学習においてしばしば課題になる書字も、眼と手を協応させながら使いこなす課題だと言えます。書字が苦手な子では、スムーズに漢字の一画一画が書けないだけでなく、配置や向きが入れ替わったり、全体のバランスがうまくいかないということがしはしばです。
 かといって、そこを無理やり練習させようとしても、苦手意識があるため、とても苦痛な作業になってしまいます。そこで苦手意識を突破し、また、視覚的な記憶が弱い面を補うための工夫が必要になってきます。そうした取り組みを通して、自信や興味を呼び起こすとよいでしょう。

⇒書字の課題をもつお子さんのトレーニング例


6.基本的な社会性の能力や共感性を育む

社会性の課題も、まず一対一のトレーニングで
スキル・トレーニングの必要性が高く、しかも非常に効果を発揮する領域は、社会的な能力やスキルのトレーニングです。社会性のトレーニングというと、すぐにグループでのトレーニングを思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、社会性の発達に課題がある子の場合、一対一での関係を築くところでつまずいていることも多く、実は複数の子どもが集団で行うグループ・トレーニングでは、その子に必要なトレーニングになっていないことが多いのです。むしろ、最初の段階は一対一のトレーニングをしっかり積むと、グループでの活動も自然にできるようになります。

グルーブで上達するのは、あまりトレーニングを必要としない子の方で、本当に課題を抱えている子は、集団でやるというだけで萎縮し、苦痛さばかりが増し、さらに苦手意識を強めてしまって、肝心な点のトレーニングになりにくいのです。

自転車の訓練のところでお話ししたように、倒れてしまうことばかりに心配が向かい、肝心なスキルの訓練ができないということになってしまうわけです。効果的に訓練するためには、失敗する恐れや不安に余計なエネルギーを奪われることなく、肝心な点の強化に注力できるようにすべきなのです。

その点で、トレーナーとなる存在との一対一のトレーニングから始めた方が、圧倒的に有利です。そして、かなりやりこなせるようになってから、グループという課題に取り組んでいけばいいわけです。その方が、また失敗して、ますます自信をなくしてしまうという最悪の事態を防ぐことにもなります。

社会性に課題のある方の場合、一対一の段階ですでに困難を抱えているケースが大部分です。その段階がクリアできていないのに、多対多の関係がからむグループから入ろうとするのは、算数がまだおぼつかない生徒に、方程式や関数を教えるようなものです。先走るよりも、つまずいているところにもどって、そこをしっかり鍛え直した方が、結局、上達の近道ですし、その子の自信を取り戻すことにもつながるのです。

その子が人前で恥をかいたり、失敗して笑われたりしても、マイナスにしかならないことは、よくおわかりいただけることでしょう。ところが、現実には、そういう状況がいまだに続いているのです。


社会性の能力が育つステップ
社会性の発達には、いくつか大きな区切りとなる段階があります。その発達のステップに沿って、みていくことにしましょう。

① 注意・関心の共有
第一の大きな関門は、相手と注意や関心を共有できるようになることです。注意を共有できるための第一歩とされるのが、相手と視線を合わせたり、相手の見ているものを目で追ったり、一緒に見たりすることです。アイコンタクトや共同注視が自然にできるかが、一つの発達の目安となるわけです。

この点に課題が認められる場合には、コミュニケーションしているときでも、相手の発言や表情、反応にきちんと注意が向けられていないということで、的確な応答をすることが難しくなります。

そこをトレーニングするためには、一対一でトレーナーがついて、その子の関心を向けるものに関心を向けて、気付いたことや感じたことについて言葉を交わすということを丁寧に行っていくのが基本です。

したがって、どの遊びも課題も、そうした点に配慮しながら、一対一で気持ちを入れて一緒に行えば、注意・関心の共有のトレーニングになります。

この段階は、元来母親との一対一での関係で身についていくものなので、それが身についていない子どもにとっては、グループでトレーニングしても、関心を共有されないまま、放っておかれることになりやすいのです。逆に、注意が共有できていない点を注意されたり指導されたりすることになって、否定的な体験をしてしまいます。

注意や関心を共有してもらう体験をする中で、子どもは、その心地よさを味わい、次第に注意や関心を共有する感覚を身につけていくようになります。そうなると、自分からも、相手に自分の発見や感想などを話すようになり、だんだんと相互的なやりとりが生まれていくのです。

遊びの中で、自然に注意・関心の共有ができると、いつのまにか一緒に遊びを楽しめるようになります。これは、すべてのトレーニングやプレイセラピーにおける基本だと言えますが、先に紹介した、絵や写真を見ながら話をしたり、人形遊びを一緒にするといったことが、良い訓練になります。


② 模倣と情緒的チューニング
 注意や関心を共有する段階とほぼ並行して獲得されていくのが、相手の行動をまねたり、相手の気持ちを一緒に感じるようになることです。気持ちといっても、この段階での気持ちは、言葉で表現できるような分化した感情ではなく、喜びやわくわく感、不安や恐れといった未分化な情動です。関心を共有できるとともに、情動の共有も起きやすくなります。それを助けるのが、サポート役が気持ちを共有することです。

気持ちを共有するためには、情緒的なチューニングを行う必要があります。情緒的チューニングとは、相手の情動に波長を合わせることです。気持ちを合わせるためには、声の調子や体の動き、表情も合わせる必要があります。情緒的チューニングが得意な人と苦手な人がいて、苦手な親をもつ子どもでは、気持ちを共有してもらう体験が不足しがちです。優れたトレーナーは、情緒的チューニングの能力がとても高いので、子どもは気持ちを共有される体験を味わうことができ、そうした体験を通して、子どもの側にも情緒的チューニングの能力が育ってくるのです。

 自閉スペクトラム症やその傾向をもった子どもでは、情緒的チューニングが生まれつき苦手です。改善するための唯一の方法は、豊かな情緒的チューニングをふんだんに受ける体験をして、育てていくことです。しかし、親も同じような傾向をもっていることが多く、つい情緒的チューニングを怠ってしまいがちです。その意味で、発達のトレーニングを行い、その時間だけでも、活発にチューニングを与えることは、不足を補うことになります。

 実際、週一回のトレーニングでも、継続すると、多くのケースで顕著な効果がみられます。もちろん、頻度を増やすことで、改善を加速することができます。

 もう一つの方法として、親自身の情緒的チューニング能力を高めるということです。そのために有効なのが、親自身もカウンセリングなどの場で、気持ちをチューニングされ、共感される体験を積むことです。

 最初のうちは、気持ちがズレてばかりだった親も、カウンセリングやトレーニングを受けるうちに、かなり上手にチューニングできるようになります。

 情緒的チューニングとも関係が深く、社会的スキルを獲得する上で欠かせない働きが模倣です。すべては模倣から始まると言われますが、モデル(手本)となる人の行動をまねることで、さまざまな行動やスキルを覚えることができます。

 そもそも注意の共有ができないと、まねすることもできませんし、相手のすることに無関心になってしまいます。注意の共有や相手の行動に関心がもてるようになると、まねができるようになり、スキルが身につき始めるのです。

 また、相手の行動や身振り、表情をまねることで、情緒的チューニングもできるようになります。というのも、ミラーニューロンという仕組みが備わっていて、相手の体の動きを見て、同じ動きをする自分の神経細胞が活動することにより、相手の動きの意図やその背後にある気持ちを読み取ることができるからです。

 社会的スキルのトレーニングにおいて、まねるということは、とても大事な要素だといえます。


③ 共感的、相互的応答
能動的なコミュニケーションと受動的なコミュニケーションの両方が育ってくることで、初めて相互的なコミュニケーションがスムーズに行えるようになってきます。両者がかみ合った双方向のコミュニケーションがうまくいくためのポイントは、共感的な応答ができるかということです。

言葉のキャッチボールがうまくできるためには、自分の立場だけでなく、相手の立場に立って、ある程度、状況が見えている必要がありますし、相手の投げかけた言葉に反応して、ふさわしい答えや話題を思いつくことも求められます。それはとても高度なスキルだともいえるわけですが、われわれはそれをどうやって身に着けていくのでしょうか。

それは、キャッチボールの練習と似ています。投げては投げ返してという繰り返し、つまり会話を積み重ねることによってです。その場合、あまり下手糞な相手と、キャッチボールをしても、お互いに暴投ばかりして玉拾いに走ってばかりで練習になりません。ちょうど手ごろなところに投げてくれて、少々外れたボールでも、キャッチしてくれる相手と練習することが、もっとも効率よい練習となるのです。

相手をしてもらう中で、初めて身につく業だと言えます。トレーナーはその子のレベルに合わせて会話を調整し、その子に共感的な応答を繰り返すことで、その子の中に、その技術を育んでいくのです。そうしたかかわりを根気よく続けていくことで、片言の会話から、豊かな相互的応答へと発達が促されていきます。

心の理論の発達は、いくつもの段階がある長い道程だといえます。見立て遊びができたり、物語を主人公の立場で理解できるようになったからといって、自分が実際の場面で、相手の気持ちに配慮しながら振る舞えるかというと、そう簡単にはいきません。

状況に応じて、他人の気持ちや意図を理解したりすることは、大人であっても、いつも的確にできるわけではありません。人の心は、外からはわからないブラックボックスです。正解はないわけですが、あまり大きくずれることなく理解し、相手が求めていることに合わせて行動することは、円滑な社会生活には不可欠なスキルだといえるでしょう。

その意味で、共感的コミュニケーションのトレーニングは、社会的スキルのトレーニングにおいて、とても重要なテーマとなります。誰かと友達になったり、親密な関係を作るためにも、信頼関係をはぐくむためにも、共感的コミュニケーションが欠かせないからです。

共感的なコミュニケーションの基本的スキルとしては、相手と仲良くする、相手の話を聞く、相手の気持ちを考えた受け答えをすることです。実際に最近あった困った状況などと関連づけて、テーマや題材を決めるとよいでしょう。こんな場合はどうしますか、といった場面を設定して考えるのも、有効な方法ですし、それを実際にロールプレイでやってみると、さらに定着につながります。


④ 常識的なコミュニケーションと暗黙のルール
発達に課題がある子の場合、社会常識や暗黙のルールといったことが、自然にはなかなか身に付きにくく、その点がわかっていないために、悪気なく周囲の顰蹙を買ってしまったり、相手を不快にすることを言ってしまったりということが起きやすいと言えます。その結果、その子自身は何も悪いことをしたつもりはないのに、冷たい態度をとられたり、傷つけられたりということになることもあります。

早い段階から、社会常識や暗黙のルールをかみ砕いて教えることは、こうした事態を防ぐことにもつながります。実は、子どもたち自身も、そうした暗黙のルールがわからずに困っていることが多く、きちんと教えてあげると、そういうことなのかと納得して、適正な行動をとれるようになります。

この場合のポイントは、あまり押し付けにならないように、一緒に考えていくというスタンスで、自分から見つけ出していくのを手伝うという産婆役が理想です。

低年齢の子どもでも入りやすいように、遊びやすごろくに、そうした内容を盛り込んだものを使うのも、人気のある方法です。

⇒基本的な社会的能力、共感性を鍛えるトレーニング

7.実践的なソーシャルスキルを鍛える

実践的なソーシャルスキル
実際の社会生活では、さらに実践的な社会的スキルが求められます。そうした社会的スキルが試される代表的な場面としては、自己紹介する、相手を誘う、話しかけて雑談をする、相談をする、頼み事をする、友達になる、交渉や折衝をする、説得する、関係が悪化した人と仲直りする、リーダーシップをとる、などです。

高い社会的スキルにおいて必要とされるのは、周囲と協調するとともに、自分の要求や気持ちも表現し、主張していくことです。この協調と自己主張のバランスが、うまく機能しているコミュニケーションの条件といえるでしょう。

発達に課題がある場合だけでなく、愛着に課題がある場合や、社会不安や対人緊張が強い場合にも、また自己顕示欲求や承認欲求が強すぎる場合にも、このバランスが悪くなりがちです。その人の課題がどの点にあるかを把握し上で、場面を設定し、トレーニングに取り組みます。

⇒実践的なソーシャルスキルを鍛えるトレーニング


8.プランニング能力や統合能力を鍛える

ピラミッドや月ロケットを可能にした力
人類だけが、なぜピラミッドのような巨大建造物を作ったり、月ロケットを飛ばしたりすることができるのでしょうか。事業が巨大になればなるほど、かかわってくるのが、プランニングという未来を計算に入れる能力ですし、無数の情報を集約して一つの新たな価値を生み出す統合能力という不可思議な力です。

プランニングや統合能力は、複雑で高度な問題になればなるほど、求められるようになります。にもかかわらず、学校でも意外におろそかにされてきたのが、これらの能力を鍛えることです。

たとえば、人前で手際よく話をしたり、誰かと難しい交渉をするという場合にも、この能力が必要になってきます。話の運び方を頭の中で組み立てるのに必要なのです。人前で話をするという場合には、さまざまな体験や知識、情報を、どのような順番で配置し、聴衆の興味を惹きつけながら、伝えたいメッセージを理解してもらうのかを練らないといけないですし、折衝や説得をするという場合には、相手の言い分を聞くというところから入って、信頼関係を作ったうえで、こちらの事情も説明していくか、それとも逆に、相手の非を攻撃し、まったくこちらに譲歩の余地がないことを見せつけてから、最終的に少しだけ譲歩して、妥協にもっていくのかといった戦略を明確にしておく必要があるでしょう。後戻りは難しいからです。

手順をあらかじめ考えたり、作戦を立てたりするのが、プランニングの能力です。プランニングは、目的達成のために、手順や段取りを決める際にも必要となりますし、相手の反応を予測しながら、持って行き方を立案するということにも不可欠です。学校の試験などで試されるのは、主に前者のプランニング能力ですが、実践の場では、後者のプランニング能力が求められます。

持って生まれた部分や育ちの中で身につく部分も大きいのですが、経験や訓練によって磨かれていく部分がさらに大きいと言えます。経験を積むことによって、次に起きることが予想できるようになります。また、事態を一つの見立てや仮説のもとに理解し、次にどうすればよいかを導き出す仮説思考や、戦略や作戦に従って行動を決定する戦略的思考を身に着けるためには、訓練が不可欠です。

こうした能力を、子どものころから鍛える身近な方法としては、トランプや将棋、オセロといった遊びがありますが、もっと実際に役に立つプランニング能力を高めてくれる方法として、家事や仕事の手伝いをすることがお勧めです。料理一つするのでも、いくつも段取りを考えなければできません。また、スケジュール管理や学習を計画的にするという習慣を身に着けることも役立つでしょう。

プランニング能力と関係が深いのが、統合能力です。統合能力は、さまざまな質の異なる材料を、構成し組み立てる能力です。ばらばらの、それ自体はさほど価値のない部品が、一つの意匠のもとに集められることで、高い付加価値をもたらす創造的な能力です。

どちらも、パーツとなるものから、全体をくみ上げていく作業を行わなければなりませんし、新しい発想や戦略を持ち込むことで、問題解決を容易にしたり、新しい価値や方法を生み出したりすることができるわけです。

プランニングと統合能力は、高度な意思決定にも関係しています。複雑な問題に決断を下すためには、さまざまなファクターを集約する必要がありますし、その決断によって、どういう未来がもたらされるのかを予測することも必要になります。プランニングは、未来予測にかかわっている能力ですし、統合能力は、いくつものファクターを整理・集約するうえで欠かせません。

身近なところでいえば、少し複雑な応用問題を解くといったことにも、作文やレポートを書くと言った課題にも、プランニング能力や統合能力が必要になります。

こうした能力が問われるのは、だいぶ大きくなってからですが、大きくなってからでは伸ばしにくい能力でもあり、小さいころから育てていくことが大事です。

⇒プランニング能力を鍛えるためのトレーニング例


9.感情や行動をコントロールする力を高める

多動、衝動性、気分のムラ
落ち着きがなく動き回るとか、衝動的に行動してしまうといった行動のコントロールの課題は、低年齢の児童にはとても多いと言えます。こうした行動の問題は、行動にブレーキをかける機能と関係が深く、行動のブレーキだけでなく、感情のブレーキも、同じ脳の領域の働きが関係しているため、行動のブレーキが弱いと、感情や気分のブレーキも弱い傾向が見られます。

このブレーキの働きを強化していくためには、ただ厳しく注意し、我慢を覚えさせるということだけではうまくいきません。幼児期も後半に入ると、厳しい躾をしすぎると、かえって反抗的で攻撃的になったり、周囲を困らせる問題行動が増えたり、抜毛やチック、夜尿、虚言といった、もっとやっかいな症状が出てきたりしてしまいます。

かといって、溺愛するあまり、何をしても許してしまうような甘々の養育や何の指導もしない放任の関わり方では、行動や感情をコントロールする能力が身につきません。

指導と受容のバランスがとても大事なのです。指導は、枠組みやルールの部分ですし、受容は、その子をありのままに受け入れ、肯定してあげるところです。バランス的には、受容や肯定が八割か九割で、一、二割が指導というところでよいかと思います。この割合は、誰でも同じ不変のものと言うよりも、その子によって、また同じ子でも、そのときの状況によって割合を調整する必要があります。

自分を主張するのが苦手な、抑え気味な子には、指導の部分はできるだけ減らして、受容や肯定を増やす必要があります。自己主張が旺盛で、コントロールが弱い子には、枠組みやルールの部分を少し強めて接する必要がありますが、その場合も、受容や肯定を忘れないことです。

また、その子が弱っているときや困っているときには、受容や肯定を増やして、指導は控えめにした方がいいですし、その子が積極的に課題に取り組もうとしているときには、指導的な関わりを増やして、力をつけることに注力すればいいでしょう。そういうときも、受容や肯定の部分を忘れないように行う必要はあります。

発達のトレーニングは、すべて行動や感情のコントロールを高めることに役立ちます。なぜなら、決まった時間枠の中で、一定のプログラムに次々と取り組んでいくということを行うためには、いま取り組んでいる以外のことには、行動が向かわないようにブレーキをかける必要がありますし、取り組んでいることが、とても楽しくて、もっと続けたいときも、次の課題に切り替えるために、楽しいことを止めなければならないからです。このことは、多くの子どもにとって苦手な課題で、切り替えるためには、ブレーキがうまく働く必要があるわけです。

 ですので、トレーニング全部が、行動や感情のコントロールを高めるのに役立つわけですが、ときには、そうした課題に特化したプログラムで、ブレーキをかけたり、行動や気分を制御する能力を高めるための取り組みを行うこともあります。本章では、そうしたテーマに使えるプログラムをいくつか紹介しましょう。


振り返る力を高める
 うまくいかなかったことを振り返る力は、新たな成長を生み出す原動力です。振り返る力が弱いと、同じ失敗を繰り返しやすいと言えます。
 そもそも振り返る力が弱いと、自分がやった失敗をよく覚えていませんし、前後の経緯を思い出すこともできません。

 最近あった出来事について振り返りながら語るということは、行動の変化につながりやすいですし、そうしたことができるということは、成長の潜在能力が高いということです。
 行動や情緒の問題がある子どもでも大人でも、概していえることは、振り返る力が乏しいということです。そうした問題を克服するうえでは、振り返る力を高めることがとても重要になってくるわけです。

 それゆえ、最近あったことを思い出して、その状況を話してもらうことが、とても大事なトレーニングになります。最初は自分のしたことや経緯さえよく覚えていないということも多いのですが、話を丁寧に聞いていくうちに、段々思い出せるようになったり、順序立てて話すことができるようになったりします。きっかけやそのときの気持ち、自分の反応の仕方、もっといい対処などについて考えるアプローチは、認知療法と呼ばれるトレーニング法です。

 また、引き金となる原因を見つけ出して、それをなくすことで、悪い反応を減らすこともできます。これは行動療法応用行動分析で用いられるアプローチの一つですが、認知療法と行動療法と合わせて認知行動療法と呼びます。

 認知療法や認知行動療法では、記録をつけてもらうことが多いですが、発達の課題のある子どもさんは、概してそうしたことが苦手で、かえってストレスになる場合もあります。親御さんについても同じことが言え、記録をとることが負担になって続かなくなったり、課題が深刻なケースほど親御さんの方も、そうしたことが苦手ということが多く、あまりその点にこだわらない方が現実的です。

セッションのときに振り返って、話をするという方法でも、十分効果が期待できますので、あまり厳格になりすぎない方がいいでしょう。

⇒感情をコントロールする力を高めるためのトレーニング例


10.安定した愛着を育む

安定した愛着と安全基地
発達でいう「愛着」とは、母親(または、母親代わりの養育者)と子どもの間に結ばれる絆のことです。この絆は単に心理学的な絆と言うよりも、生物学的な絆で、母親が授乳やだっこをしたり、つきっきりで世話をしたり、子どもの反応に応える中で形成されます。一歳六ヶ月くらいまでが、愛着形成にとってもっとも重要な時期とされ、その間は、できるだけそばにいて、だっこなどのスキンシップをもち、絶えず注意を注いで、子どもの求めに応えることが重要とされます。

安定した愛着が形成されると、その子は、安心感や人に対する信頼感、ストレスに対する抵抗力を手に入れやすく、また知能や社会性の面でも良好な発達を遂げやすいとされます。さらに、その後の人生で安定した対人関係をもちやすく、伴侶の獲得、夫婦関係、子どもを産み育てることに問題を抱えにくいことが、多くの研究で示されています。

逆に、不安定な愛着しか育まれないと、その子は、それらすべての面でマイナスの影響を被り、本来は何の問題もない子どもであっても、きわめて不利なハンディをかかえてしまうのです。

愛着の土台は、一歳半くらいまでの幼い時期の母子関係が大きく影響するのですが、決してそれですべて決まるわけではなく、かなり可塑性があり、その後の関わりで、いい方向に挽回することも、いったん安定した愛着が形成されていても、台無しになってしまう場合もあります。

養育者との愛着が安定しているとき、その養育者は「安全基地」として機能しています。逆に言うと、養育者やその子に関わる重要な存在が、「安全基地」としての役割をうまく果たすと、愛着が安定し、安心感や対人信頼感を高め、発達に対しても促進的に働きます。

そのことに注目して、働きかけを行うのが「愛着アプローチ」です。愛着アプローチでは、問題行動や症状といった悪い点にばかり目を注ぎ、その点を改善することに血眼になるのではなく、その子にとって「安全基地」となるかかわりをもてるようにすることで、愛着が安定することを目指すもので、そうした取り組みによって、自然に問題行動や症状も改善していきます。

発達に課題をもつ子の場合、愛着アプローチは、とても強力な支援法です。発達のトレーニングと併用することで、その効果を倍加させるので、最後の章である本章では、愛着アプローチについて説明したいと思います。


安全基地が子どもの能力を最大化する
安全基地となる存在は、いざというとき、いつでも自分を守ってくれ、応援してくれるという安心感を子どもに与えることで、子どもが失敗や困難を恐れずに、新たな挑戦をする勇気を励まします。安全基地となる存在のバックアップは、その子の能力と可能性を最大限に発揮させることになるのです。

逆に失敗したら、怒鳴られたり、厳しく叱責されたりしていたら、子どもは萎縮してしまい、のびのびとその子の主体性を発揮して、課題に取り組めなくなってしまいます。指導する人の顔色ばかり気にして、チャレンジすることを楽しむことができません。たとえ、厳しい指導で成果が出たとしても、それは、親や先生に認めてほしいからやっているだけのことで、早晩頑張ることがつらくなって、やめてしまうことになってしまいます。結局、その子の力を伸ばしきれませんし、真の意味で才能を開花させることにもつながらないのです。

愛着アプローチの特徴は、どんな困難で難しい課題を抱えているケースにも有効であるということです。発達課題を抱えた子どもさんにも、もちろん有効です。発達に課題があると、どうしても親御さんは、できないことを指導しすぎたり、過保護になりすぎたり、厳しく叱ったりして、親子関係にも歪みを生じやすいのです。発達に課題に、愛着の課題が加わることで、いっそう対人関係がうまくいかなくなったり、反抗的になったり、不安や神経過敏が強まったりして、適応の問題を起こしやすくなります。愛着アプローチでは、親が一番子どもの力になれるように、安全基地としての役割を取り戻す方向に働きかけを行います。

親自身が、その親から厳しく指導されて育っていたり、甘えを許してもらえなかったり、虐待されて育っていたりすると、親も同じように我が子に接してしまいがちです。そういう場合には、親自身が抱えているトラウマやそこから生じる自動反応を克服していく必要があります。そうした点は、自分では自覚していないことも多いのですが、まず親が自分の課題を自覚するということが、改善の一歩になります。


安全基地の条件と振り返る力
それでは、子どもにとっての安全基地であるためには、どうしたらいいでしょうか。
第一のポイントは、安全感、つまり安全が守られるとともに、子どもの安心感を脅かさないということです。暴力や否定的な言動で、子どもを傷つけることは言うまでもありませんが、間接的に子どもの安全感を損なうことにも注意する必要があります。たとえば、親が不安定になったり、パートナーと言い争う姿を見せることは、子どもの安全感を著しく損ないます。

そうならないためには、親も安全基地となってくれる存在によって支えられ、心の余裕を持ち、幸福であってほしいと思います。たとえ不幸でも、子どもには、不幸な表情をできるだけ見せない方がいいでしょう。

もう一つ、子どもの安全感を脅かす要因となっているのは、親の価値観や期待を子どもに押し付けてしまうことです。「教育虐待」という言葉もよく使われるようになりましたが、子どもが望みもしない教育を押し付けることも、一つ間違うと虐待になってしまうのです。ごく普通の教育熱心な家庭ほど起きやすい問題と言えるかもしれません。

第二のポイントは、応答性です。応答性とは、求めたら応える、打てば響く関係です。子どもが助けを求めているのに知らん顔をしたり、「今は忙しい」と後回しにしたりすることは、この応答性を損ない、安全基地とはみなされなくなってしまうのです。求めたら、たとえいつ何時であろうと、いざというときには応えてくれる存在が、本来の安全基地なのです。もちろん、何でもかんでも応えなければいけないというわけではありませんが、求めたときには応えるというのが、大きな原則です。逆に、求めてもいないことをするということは、慎まねばなりません。つまり、本来の応答性は、子どもの主体性を尊重することでもあるのです。

第三は、共感性です。共感性とは、子どもの目線で感じ、考えるということです。親が、大人の視点で考えて、それが正しいのだから言うとおりにすればいいというのでは、子どもは〝操り人形〟になるだけで、うまく自立できませんし、自分の人生を生きられません。

良い親を精一杯やってきたつもりなのに、子どもから蛇蝎のごとく嫌われたり、縁を切られてしまうという親も、今では少なくありませんが、そうした親に共通することは、自分の視点でしか物事が見えていないということです。子どもから完全に拒否されてもなお、なぜ自分のような献身的な親が、こんな目に遇うのか理解できないのです。子どもの視点で感じるという共感性の欠如がもたらした悲劇です。

第四は、安全感を守ることとも関係していますが、秩序性ということです。子どもが安心して暮らせる生活環境を整え、いつ何時何が起きるかわからないような〝無法地帯〟ではなく、予測がつく落ち着ける環境を維持することが大切になります。一定のルールやいつも変わらない態度や愛情に守られているということが、子どもの安心感の拠り所にもなるのです。

そして、最後に、振り返る力です。振り返る力が高い親は、実際のところ、安全基地となって、わが子と安定した愛着を育みやすいのです。たとえ不遇な境遇で、虐げられて育っても、振り返る力が高いと、その負の影響を免れることができるとされます。振り返る力を高めることで、虐待された育った人も、自分に背負わされた負の連鎖を食い止めることができるのです。

逆に、安全基地となるのを妨げる要因としては、親の振り返る力が弱く、親自身の視点でしか物事が見えず、知らずしらず親の基準やルールを押し付けてしまったり、そのこととも結びつきやすいのですが、完璧主義の傾向が強く厳格すぎる指導をしてしまったり、親自身に気分のムラや感情的になりやすい傾向があって、そのときの気分や機嫌で対応が変わったりということが挙げられます。いずれの場合も、子どもは親の顔色ばかり気にして、肝心なことに集中できなくなります。
 
⇒愛着を安定化させるためのトレーニング例